人身売買。
言葉の響きは非常に悪いものではあるが、その実極めて真っ当な契約が交わされる。
たとえばルクトリアへと流れた元娼婦のシスターたちだ。
彼女たちは身体を売って生活を営んでいたわけだが、決して個人で路上に立って客を引いていたわけではない。
先の人身売買組織、その水商売部門が彼女たちのバックボーンとして存在していたし、花を売る女たちはそう決めた時にまず組織の門を叩くのだ、働きたいと。
そうして来るもの拒まずとまでは言わないが、真っ当な契約の下で働いていた。
組織が娼館を建て、中に女たちを集め客へと一晩の夢を提供する。
売り上げの一部はそんな運営側へと納められていたが常識的な範囲だったし、実際に働いている女たちの生活も保障されていた。
それでもそこから逃げ出してシスターとなる人間は絶えない。
真っ当と言ってもやはり日の当たらない仕事に違いはないとも言えるし、何よりまだまだガルゼスの闇は深く奥があるということだった。
「んで? こんなとこに来てどうすんだよ。まさかフォウの身体を売るとか言わねぇよな?」
「当たり前だって……想像しただけできついから……」
一時的な帰郷を終えてガルゼスへと戻ってきたフォウルたちは今、ガルゼスの裏通りを歩いている。
ガルゼスの裏と言ってもまだまだ浅い部分で、周りを歩く人間たちもクリエラの姿を欲の宿った目で見ることはあってもいきなり襲い掛かられるようなことはない。
「じゃあなんでだ? オレ様としてはあまり好きな空気じゃねぇが」
「バルドの愛娘、サクナさんの様子を確認しておこうと思ってな」
バルド自身が言ったように血は繋がっていない。
血は繋がっていないどころか完全な他人とすら言える相手だ。
「サクナってーのか」
「あれ? 知らなかったか?」
「バルドが自分の過去だなんだってのを話すなんててめぇくらいしかいなかっただろうがよ」
そうかな? そうかも。
勇者アリサパーティに男性がフォウルとバルドしかいないことも理由としてあったが、なんだかんだで二人の相性は良かった。
フォウルはアリサのため、バルドはサクナのため。
二人とも一人の女のためにという目的が同じだったからこそだろうか。
穏やかで冷静なフォウルと破天荒で暴虐的なバルドと性格は全くの真逆だったが、本音を語り合える仲であったことに違いはない。
あるいは、こうしてそうだったかなと首を傾げてしまうほど、無自覚に仲間を大切に想っているフォウルだからこそとも言えるが。
「ともあれ、サクナさんだ。彼女は奴隷として働いている」
「奴隷? ってことはあれか、身売りしたのか」
「正確には売られたと言うべきだけどな。サクナさんの父親が、借金のカタに売ったんだ」
「重いことをさらっと言うなって―の……」
語るフォウルに悲壮感はない。
清濁併せ吞むフォウルだと言うことをクリエラは知っているが、それにしても何の感慨も無く言うものだとフォウルに違和感を覚える。
「まぁ、奴隷と言っても酷い扱いを受けているわけじゃないからな。幸せな暮らしとも言えないだろうが」
「ほーん?」
そうしてすぐに違和感はなくなった。
そういうことなら、フォウルが落ち着いているのなら、大丈夫。
クリエラに限らずだが、そんな一種の目安みたいなものが勇者アリサパーティにはあった。
「で? そのサクナって女は何処で働いてんだ?」
「娼館だよ」
「あん? 様子を見るってフォウルお前、もしかして」
「違うって、そんなことしたらバルドの顔見れなくなるし、あの人を父とは呼びたくない。サクナさんは娼館で下働きをしてるんだ。言うなら女の人の世話係みたいなもんだよ」
男として娼館という言葉の響きに感じるものはあるにしても、フォウル自身アリサ以外とそういうことをしたくないと思っている面があった、何せまだお互いに未経験な状態だ。やはり最初は好きな人となんて乙女チックというかなんというかな貞操観念。
ただ、クリエラはそれ以上に潔癖とも言える貞操観念を持っている。
女の身体を評したり、性的な発言を明け透けに言うことはあるが、基本的には身内に対してのみだ。
酒場で酔っ払いに絡まれても笑って、あるいは上手く避けるクリエラだが、仮に身体へと触れられそうになればそれこそ一瞬で相手を組み伏せるだろう。
そんなクリエラだからこそ、あるいはフォウルとアリサ以上に不貞を許さない面がある。
仮にフォウルがアリサ以外の女と関係を持とうとすれば烈火の如く怒るだけでは済まないだろう。
「そうかよ」
「そうだよ、アリサ以外をどうにかしたいとか思ってない。だからその目を止めろって」
「……はぁ、まぁしゃあねぇな。てめぇを信じてやるよ。で? 様子を確認するってなんでだ? 幸せとは言えねぇ生活なのかもしんねぇが。特に害はねぇんだろ?」
「あぁ。バルドが勇者アリサパーティに加わった最大の理由は、サクナさんを人質に取られたからだから。一応、そういう動きはまだ発生しようがないけれど、本人が過ごしている環境を確認したくて――ん?」
そう言いながら、娼館を取りまとめる案内所のような場所にたどり着いた時。
「っ! っ!」
「おいフォウル」
「あぁ、いくぞ」
話していたバルドの愛娘が、裏路地へと連れ去られそうになっているところへ出くわした。