シズに魔法の基本を教える。
そうは言ったが、実のところ魔女に対して魔法の基本を教えるというものだ。
「む、むむむ……」
「いや、アリサ? 多分アリサには難しいと思うんだけども」
「か、かもしれないけれど!」
つまるところ、人間が魔女が魔法を扱うための基本を学んだところで魔法を使えるようにはならないということ。
当然の権利のように魔法練習へとついてきたアリサだったが、やはりというべきか魔法が使えるようになる兆しは見られない。
元々アリサは魔法が苦手だった。
というよりは普通の魔法が苦手というべきだろうか、勇者アリサはクリエラと契約したことによって扱えるようになった精霊魔法、
「シズさんは、なんでそんなにすっとできちゃうのよぉ」
「あ、あはは……なんで、でしょうねぇ?」
困り顔で笑うシズだが、自分でもなんでこんなに簡単にと驚いている。
「フォウさんの助言が多分に混ざってしまうのですが、俺自身も驚いていますよ」
「フォウさんの、ですか?」
「ええ。魔族と人間のハーフ、厳密にいえばシズさんは先祖返りなのでしょうが。何にしても人間と魔族の血が混ざっている人は、魔力も混ざっている。そういった人が魔法を使えるようにとフォウさんは研究されていたようで」
「あうあう……ふぉうさぁぁん……」
前向きになったシズはその研究は自分のためだと、自惚れた。
実際間違いではないのだが、フォウルとしてそんなシズを見ると複雑な気持ちになるフォウルだ。
効率厨であることも幸いしてか。
元からシズがハフストに滞在する、定住することになればとこうしようという考えはあった。
あったがために片手間ではあったが、シズの魔力を解析してどうすれば出力とシズの身体を安定させる魔法の扱い方は研究していたのだ。
「ともあれ、初級魔法はこれで安定して扱うことができるでしょう」
「はい! ありがとうございます!」
その甲斐あってか、シズは本当に呆気ないほど簡単に初級魔法を習得した。
本人の精神状態でこうも変わるものかと驚くフォウルだが。
「ですが注意点が一つ。初級魔法の練習は個人でしてもらって結構ですが、中級魔法からは俺がいないところではやらないようにしてくださいね?」
「ええっと、コントロールできなくなるかもしれないから、ですよね?」
「その通りです。自分でも実感されたかと思いますが、初級魔法であって初級魔法の威力ではありませんからね。最悪規模を問わず魔力爆発を発生させてしまうかもしれませんから」
「……はい。絶対に、しません」
強い表情でシズはしっかりと頷いた。
「お疲れ様、フォウル」
「ん、ありがとうな」
練習が終わればシズはカッシュの下へと戻り、子どもたちのお世話へと。
フォウルとアリサはフォウルの実家で一息をつく。
「ねぇフォウル? やっぱり私には魔法、難しい?」
「そうだなぁ。毎日ちゃんとした魔法の先生に教えてもらえたら可能性がなくはないんだろうけども」
「そっかぁ」
勝手知ったるフォウル家のキッチン。
手慣れた様子でアリサは飲み物の準備をしながら。
どことなく落ち込んでいるようなアリサの様子に、フォウルは声をかける。
「残念か?」
「そりゃ、ちょっとね。あ、ううん、別に魔法が使えるようになりたかったわけじゃないんだけど、ね」
今のアリサは勇者でもなければ幼馴染でもない。
フォウルの婚約者、アリサなのだ。
夫であるフォウルに相応しい妻になるべく毎日花嫁修業に勤しんでいる。
だが。
「アリサは、今のままでも十分どころか、最高のお嫁さんだぞ?」
「っ……もうっ、そういうの、ずるいよ」
頬を染めながら淹れたてのお茶をフォウルに渡すアリサだ。
そう、フォウルが帰ってくる度にこのままで良いのかなとアリサは思う。
フォウルの持ち帰ってくる稼ぎにしても、魔法を扱えるようになって帰ってくることにしても。
毎回、目覚ましいとでも言うべきかの成長を遂げて帰ってくるのだ。
それに対して自分は、料理の腕がちょっとはマシになったかどうかであるとか、その程度。
「嘘じゃない。と、言うよりなんだ……アリサをしっかり幸せにして、自分も幸せになって。そんな理想を叶えるにはまだまだだと俺は俺のことを思ってる。毎回帰ってきたらちょっと美味くなってる料理に、ちゃんと釣り合う自分になってるのかなって、俺だって不安に思うくらいに」
「……世間では、私のほうが釣り合った女じゃないと見られると思うんだけど」
「他所は他所、うちはうち、ってやつだな」
「なんか違うんじゃないかな?」
多少気持ちを持ち直したのかアリサは小さく笑う。
とはいえフォウルが言ったことは偽りのない本心だ。
勇者アリサが世界から姿を消すという事実に代わるものがまだ用意できていない。
自分、というよりフォウがその価値を持つにはまだまだ力不足であることは否めない。
「なぁ、アリサ?」
「うん?」
「俺にとってアリサは最高の女だ、最高のお嫁さんだ。で、ちょっと恥ずかしいんだけど、アリサにとって最高の男で、最高の旦那さんってやつに俺はなりたいと思ってる」
「あ、あう……」
唐突な歯の浮くような言葉にアリサの頭が沸騰する。
そんなアリサの頬をフォウルは撫でながら。
「そうやって、お互いにとっての理想でいよう、目指そうって思いあえるって……最高の夫婦だと思うんだよ。俺はちょっとした劣等感っていうのかな? そんな気持ちを抱えたアリサのことも好きだし、大事にしたいと思う」
「フォウル……うん、私も、そう思うよ」
なんと言うことはない、お互いにお互いのことが大切だということを唇で確かめ合った。