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第63話「温かい未練を断ち切って」

 ――物心ついた時、わけもなく私はこの人のお嫁さんになるんだと思ってた。


「聞いてるっ!? フォウルはね! 天然で女の人に好かれちゃうんだからね!」


「いや、その、それはどうだろう?」


「好かれちゃうの!」


「あ、はい」


 アリサの前で正座を強制され、フォウルは頭上より降り注ぐ説教のような何かに身を委ねていた。


 そんなフォウルの中でクリエラは勇者アリサとの会話を思い出す。


 ――それが、いつからだろう? お嫁さんになりたいって思うようになったのは。


 クリエラは精霊だ。

 人と交わることは出来ても、子を生すことは出来ない。

 そういう意味では、仮にアリサと結ばれることになっても未来は続かないとわかっていた。


「フォウさんは確かにね! お、お……おっぱいもおっきいし! すっごい美人さんだと思うけどね! フォウルのことが大好きな気持ちは負けないんだからね!」


「はい、とても嬉しいです!」


「嬉しくならないの! 反省しなさいって言ってるの!」


「とても難しいと思うんだけど……いや、何でもないです」


 ――きっかけは、多分ない。普通の、ありふれた日常で。少しずつ、本当に少しずつ。フォウルのことが好きになっていったんだと思う。


 それでも、クリエラはアリサを幸せにしたかった。


 かつてアリサが言ったように、何でもない村人同士が結ばれて、ありふれた人間同士の営みなんていうものを、実現させてあげたかった。


 自分の願いよりも他人を優先して。

 精霊観で言うのなら、自分が不幸になることで他者を幸せにしているとも見える、究極の利他性。


 クリエラから見たアリサとは、本当にそのものだったのだ。

 自分が精霊であることを恥ずかしく思ってしまうほどに、誰かを幸せにすることに一生懸命だった。


「だからね! フォウルはね! シズさんにも色目を使っちゃダメなんだからね!」


「使ってないです……なんでシズさんが出てきたのさ……」


「じゃあ聖水の件って何!? ま、まさかフォウルはそういう趣味が――」


「それはないです。普通の教会で作ってもらう聖水を依頼しようとしただけです、はい」


 ――クリエラは……うぅん、精霊は。差し引きゼロの世界こそが望ましいっていうんだよね? だったら私は、全員が幸せでいられる世界を作るよ。だったら、それもある意味差し引きゼロでしょ?


 こんなことを、心の底から真面目にいう女が、不幸であってはならないとすら思った。


 差し引きゼロの世界こそがと思っていても、アリサのために不幸になる存在がいて然るべきであるとすら。


「ふぉ、フォウルにどんな趣味があっても……わ、私が! 私が叶えてあげるから! が、頑張るから!」


「聖水ひっぱるな? 至って普通だから、多分」


「く、首輪とか買っておいたほうがいいかな!?」


「まてまてーい!!」


 ――そんな世界でなら……うん、私もフォウルと幸せになっていいよね? 私、フォウルと幸せになりたい。だから、ごめんね。クリエラの気持ちは嬉しいけど、応えない。


 無茶苦茶な話だった。

 勇者の義務とやらを果たした上でフォウルと幸せになるんだと言って聞かないアリサの正気すら疑った。


 クリエラ自身は、魔王がどうの、戦争がどうのなんてどうでもよかった。

 そもそも精霊と契約したからなんだというのだと。

 精霊に見初められし者は勇者の義務を負うなんて、愚かな人間が決めたルールに過ぎないのだと。


 それでも、それでもなお。


「あわ、あわわっ……だ、だめだよフォウル……お、お外でなんて……」


「かえってこーい?」


 ――私は、フォウルに、フォウルだけに相応しい女になりたいから。


 アリサの中にあるフォウルという男の存在は大きすぎた。

 あるいは、勇者となってしまったが故になのかもしれない。


 フォウルは徹底的にアリサの意を叶えた。


 人知れず、苦労も見せず。

 勇者パーティのお荷物は、いつしか勇者アリサパーティにいなくてはならない大支柱、大賢者と呼ばれるまでに至った。


 アリサの願いを手助けすればするほどにフォウルは大きくなって。

 大きくなったフォウルを見て、アリサはもっともっとと自分を高める、犠牲にする。


 良いのか悪いのかわからない。

 だが、二人の相性はこれ以上なく良いのだろう。


 夫婦として、ならば。


「う、うぅ……」


「アリサ?」


「ね、ねぇ? やっぱり私、初めては普通にがいいな」


「どこまで行ってきたんだよ……ほら」


「あ……」


 行きつくところまで行ってしまったアリサをフォウルが抱きしめた。


「大丈夫だよ。俺は、アリサが好きで、アリサだけを愛しているから」


「……うん」


 フォウルの腕の中にあるアリサの温もりが、フォウルを通してクリエラに伝わってくる。


 あぁそうだ。

 勇者と賢者では、お互いを破滅にしか導かなかったから。


 今度こそ、この温もりをあるべき場所に。


「アリサ? 落ち着いたか?」


「うん、落ち着いた」


「じゃ、話をしよう。仕事はまぁ大変だけど、色々な発見があってな? 聞いてほしいんだよ」


「うん! 教えて? 沢山、聞きたいなっ!」


 クリエラはフォウルの中で、もう二度とアリサとクリエラとしては会えない未練を、断ち切った。

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