パチパチと焚き火の炎が揺らめく中。
フォウルとバルド、そしてクリエラの間にはなんとも居心地の悪い空気が流れていた。
というのも、バルドは勝負が終わったら放置されていると思っていたからだ。
酔っ払いに絡まれたから露払いをされた構図であることくらい理解している。
ならばその酔っぱらいが思い上がりも甚だしくふっかけた喧嘩で返り討ちにされて、その後どうなろうが知ったことではないと捨て置かれるのが普通だろうと。
「あー……フォウル、つったか?」
「うん?」
「オレを、どうするつもりなンだ?」
故にバルドはらしくもなく緊張していた。
目が冷めた時クリエラが傍にいたことも驚いたが、それ以上に不気味に思ったのだ。
力量差は理解した、というより教えつけられた。
今の自分ではどうやってもフォウルに勝てないだろう、勝ち筋が見つけられない。
つまるところ、このままここで大したものを持っているわけじゃないが身ぐるみを剥がされ、治安維持組織に突き出されたとしても抵抗が叶わない。
「特にどうするつもりもないさ。倒してそのまま放っておいたら目覚めが悪くなると思っただけ。大丈夫ならねぐらに帰ってもらってもいいし、ここで一晩明かしてくれてもいいよ」
「……わけ、わかんネェな」
「こっちのセリフだよ。正直、目が覚めたら泡食って頭下げられるか逃げ出されるかが普通じゃないのか?」
「まァ、それもそうかもしんネェが」
なんならもう一度戦えと言っても受け入れられてしまいそうな空気にバルドは首を傾げる。
実際、フォウルはもう一度と言われれば受け入れるつもりだったし、逃げられても謝られてもはいはいで終わらせるつもりだった。
「フォウルよォ」
「なんだ?」
「オレは、弱ぇか?」
「俺よりはな」
正直な言葉にバルドは小さく舌打ちした。
「上には上がいるモンだってのくらいはわかる。手前味噌だが、オレはそんなやつらを食って、ここまで強くなってきた」
「自分で自分のことを強いっていうのは恥ずかしくないか?」
「っせぇな。らしくもなくマジな話ししてんだヨこっちは。で、だ。そんなオレだが、あー……お前は、どうやっても食えそうににネェって思ったんだ」
「そりゃ光栄だって想うべきかね」
バルドという男は褒められた男ではない。
その大部分は自分が強いことを正しく理解してしまったが故に、多くの人間を格下に見てしまうことにある。
いや、実際多くの人間が彼にとっては格下だった。
苦戦すること、したことも数多くあったが最終的にバルドは勝ち続けた人間で、勝ち続けた結果闘神なんて呼ばれる人間になったことをフォウルは知っている。
「だから、よ」
「ああ」
「オレの、師匠になってくンねぇか?」
「……」
初めてどうあがいても勝てないと思わされた人間とバルドは出会った。
彼のプライドはズタズタだ。
だが、ズタボロになった後に残ったのは、自分より遥かに強い者への純粋な尊敬の念だった。
「……なんで、強くなりたいんだ?」
「そりゃあ……強くなりゃ、何でも手に入るじゃネェか。金、地位、女。なんだって」
「建前はいいよ。おっさんが腐ってるのはわかるけど、腐り切ってないのはさっきの戦いでわかってる」
「ぬ、グ……」
そう言いながら戦いを通じて何を感じるなんてことができるフォウルではないのだが。
「……オレには、娘がいンだ」
「娘。まぁ、年齢的に居てもおかしくないな」
「血は、繋がってネェ。オレが父親だってことも、知らネェが。オレの宝で、オレがまだ人間っぽく生きていられるために、必要な存在なんだ」
そうともフォウルは知っている。
バルドという男が、なんの関係もないはずの少女に対して、足長おじさんをしていることを。
「稼がなきゃなんネェ、立場も欲しい、出来たヨメも手に入れたい。アイツが知らないままオレがくたばっても、アイツの父親は、すげぇヤツだったって、証を残しテェんだ」
故にバルドは勇者パーティに加わったのだ。
当時一番期待されていなかった勇者パーティが、闘神バルドのおかげで輝かしい功績を打ち立てたと言われるようになるために。
「そうか」
「ち……誰にも言うンじゃねぇぞ?」
「そんな秘密にしておきたい話を、会ったばかりの俺にするなんて頭を疑うがな」
「っせぇんだよ! んで!? 弟子にしてくれるのかどうなんだよ!!」
詰め寄られてフォウルは考える。
ガルゼスに来たのは金稼ぎとバルドに会うためだ。
可能性としてバルドと闘技場に参加するまでに出会ってしまうかもしれないとは考えていたが、こういう形になるとは考えていなかった。
バルドが欲しているのは平たく言えば名誉であり名声だ。
だったらその振る舞いから直せと言ってしまいたいが、性格的にまず無理だろう。
どうやってもバルドは戦いでしか名声を得ることはない。
ないのに、人格的欠陥を抱えているためにそれを塗りつぶすほど強烈な名誉を得る必要がある。
「わかった」
「お? マジか!?」
ならば丁度いいと、フォウルは頷いた。
「フォウって女を?」
「ああ、あの闘技場のヤツだろ? アイツァつええな、お前の弟子かなんかだと思ってたがヨ、ちげぇのか?」
「赤の他人さ。多分、フォウは闘技場を制するだろう。それくらい強い。おっさん、あいつに勝てるか?」
「……わかんねぇ。今は、無理だとおもってル。だから、こうして師事を乞うてる、んだと思う」
バルドの目付けにそうだろうなと一つ頷いた後。
「じゃあ簡単だ。フォウを倒したら弟子にするよ」
「はぁっ!? いやだから今は勝てねぇって!」
「んなことないさ。おっさんに必要なのは目標を見据えることってだけ。これからしばらく、フォウに勝つためだけに生きてみたらいい、以上!」
これが、バルドに対してする最初で最後の教えになるんだろうなと。
フォウルは満面の笑みで言いつけた。