「わっざわざよォ……ひっく。んなトコまできたんだぁ、楽しませてくれンだよナァ?」
「保証はしないさ」
わざわざと言う通り、三人は街から出て人気の少ない場所までやってきた。
フォウルの強さを衆目に晒したくないという理由が主ではあるが、見世物にするつもりが双方になかったこともある。
闘神、バルド。
千鳥足はそのままに、酒が入っているのだろうひょうたんに口をつける40近い無精髭の男。
何処からどう見ても酔いに任せてウザ絡みを仕掛けては引っ込みがつかなくなった酔っぱらいにしか見えないが、フォウルの目に侮りの色はない。
「おい、フォウル」
「わかってる」
それもそうだ、言ってしまえばこの男はこれが普通なのだから。
変幻自在と言えば響きがいいが、バルドは雑に強い。
下積みとして剣技だけに関わらず、多くの戦う術を身に着けているバルドだが、何が強いのかと言えば誰にも答えられない。
それでもあえて言うのなら。
「んでェ? オレオレねーちゃんよォ、合図してくれヤ」
「わぁってるよ! ……頼むぜ? 賢者サマ。オレ様はおっさんと褥を共にする気はねぇからな」
「あぁ」
喧嘩に強い。
「合図だ」
少し離れたところでコインをフォウルとバルドに見せるクリエラ。
フォウルが頷き、バルドがにへらと酒色に染まった笑みを浮かべ。
「――だらっしゃぁああっ!」
「っ……」
コインが指で弾かれた瞬間に、バルドがフォウルに突っ込んだ。
まぁそれもそうだ。
誰も、コインが地面に落ちたらとは言っていないのだから。
そして。
「ぶうううっ!!」
無理やり間合いに入ったと思えば、バルドは口に残していた酒をフォウル目掛けて吹き出した。
「
「んなっ!? うえっ! 汚ねェ!!」
予想外の二手をお見通しとばかりにフォウルは対処した。
「水……じゃねぇけど、酒も滴るイイ男ってな」
「うっせ――なぁっ!?」
好機である。
リフレクトで反射された酒は見事にバルドの顔にぶちまけられ、アルコール度数も高かったのだろう目を開ける事ができない。
にもかかわらず、フォウルは一歩退いた。
引いて出来た空間にバルドのキレ味の鋭い蹴りが一閃され。
「よっと」
「はぁっ!?」
地面に転がっていた石をフォウルはバルド目掛けて投げた。
「て、てめっ――あぁあっ!?」
「おっと、ちょっとでかかったな。後でそれくらいは弁償するよ」
大小様々な石礫がバルドに襲いかかり、そのうちの一つがバルドの酒入りひょうたんをぶち抜いた。
「ぬ、ぐ……だ、だったらいい、がヨォ……ガキ、お前なんでわかった?」
「わかった? 違うさ、酔っぱらいをまともに相手する気がしないだけだよ」
フォウルの返事にバルドは臍を噛む。
しれっと言い放たれはしたが、完全に見切られていると感じているのだ。
事実として、今まで喧嘩を吹っかけた相手はここまでで大凡地面に転がることになっていた。
つまりは。
「あ゛ー……ワリィ、ガキってのは撤回するワ」
「そりゃどうも」
「んで、だ……こっからは、ガチ、な?」
「なら喜んで」
フォウルのことを強いと認めた。戦っていいのだと理解した。
バルドは酒に飢えている、女に飢えている、金に飢えている、娯楽に飢えている。
何よりも。
「楽しませてくれヤ……楽しませてやるからヨッ!」
強さに飢えているから。
この戦いに、感謝した。
「ヒャッハーッ!!」
「木刀か、光栄なことだ」
バルドが腰から抜いたのは一振りの木刀だった。
かつてなぜ木刀を
「イく、ぜぇええっ!!」
理由はともかく、バルドは木刀を持った時が一番強い。
そんな木刀をバルドは口に咥え、四足歩行する獣かのようにフォウルへと迫る。
四獣の型と呼ばれるものだ。
人間の作りとして目線と同じ高さにある物を捉えることは容易だが、高さが違えば誤認を生みやすい。
「
「っ!!」
本来敏捷性を損なうものにも関わらず、むしろ素早くなるのは世界を見てもバルドくらいなものだろう。
そんなもんに付き合ってられるかと、間を遮るべくフォウルは土の壁を生み出すが。
「だらっしゃあああっ!!」
「んの……バカ力め」
拳でぶち破られる。
ご丁寧にもう片方の手には木刀が握り直されていて。
「拒否してくれンなよ!! 寂しいだろおおおっ!?」
「悪かったよっ!!」
美しさの欠片もない太刀筋が、フォウルの首元目掛けて奔った。
「ぐっ!」
「よーく止めたァッ!! だが、なあああっ!!」
「ちぃっ!!」
その一閃をショートソードで防ぐが、重すぎる。
太刀筋だなんだを犠牲にして、ただただ力が込められた一撃。
更にはフォウルの身体ごと吹き飛ばしてしまおうとでも言うのか、足と手に力が込められる。
「おおおおおおらああああああっ!!」
「あぁ、もうっ!!」
力比べは分が悪いどころか負け筋でしかない。
かと言って狙い通り吹き飛ばされてしまえば、バルドは容易に追いついて追撃を狙ってくるだろう。
故に。
「ぬ、ぉっ!?」
ショートソードを手放して、大きく後ろに退いた。
抵抗力が急になくなりバルドの足がたたらを踏む。
それを見てもフォウルは近寄らない。
「……ヤる、じゃねぇか。これでもコねぇのか」
「もうちょっと演技力を磨いてから言ってくれ」
これだからバルド相手はやり辛いとフォウルは小さくため息をついた。
四獣の型なんかを見せられはしたが、バルドは流術に収まる器ではない。
「へ、へへ……もっと、もっとダッ!! オレを! オレをもっと楽しませてくれヤ!!」
「いや、そろそろ終わりにしようか」
「あぁン!?」
「いい加減、ボロが出そうなんでね」
フォウルはそう言って。
「……なン、だそりゃ」
「覚えて……いや、盗んでくれていいぞ?」
魔力で剣を作り出した。