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第58話「クソおやじ」

「フォウルでいるのも久しぶりだな?」


「最近人の目が多すぎてフォウルに戻れないんだよ……現状は予定通りだけど、ちょっとここまでになるとは予想外だ」


 ガルゼス表通りにある酒場の一つで久しぶりとなるフォウルの姿での食事。


 疲れたと顔に書いているフォウルの前には、流石に同情の気配を見せるクリエラが苦笑いを浮かべながらエールを飲んでいる。


「ここまで行くと羨ましいとは思えねぇわ。何処行くにしてもフォウ様だの、フォウお姉様だのと。勇者アリサでもここまでじゃなかったぜ?」


「勇者の中でもアリサはそこまで人気じゃなかったからな。どちらかと言えば親しまられているって感じだったし。俺としても初めての経験で疲れるよ」


 世のため人のためを地で行っていたアリサは今のフォウのような黄色い声を挙げられるといった囲まれ方ではなく、道を歩いていれば露店の店員が果実の一つでも差し入れるような人気だった。


 休日というか、オフの日にしようと出ていったアリサが中々帰ってこないで探しに行けば、老人たちと縁側でおしゃべりしていて帰り時を逃してしまったといったことは度々あった。


「まぁ、女共の気持ちもわかるがな。てめぇはやっぱ元が男だからか女フォウになっていても妙な色気みたいなもんがあるし」


「それをいったらクリエラもそうだろう? ほら、あっちから熱視線が向けられてるぞ?」


「あぁ? ったく、しゃあねぇなぁ……」


 椅子から立ち上がり、軽く頭を振った後クリエラは熱視線を放つ客の前へと向かう。


 典型的とは言わないが、クリエラは喋らなければ美人の名を欲しいままにしていた。

 見た目だけならば深窓の令嬢、銀髪サラサラロングのナイスバディなお嬢様だ。


 当然、大衆酒場などに顔を出せば不釣り合いという意味で目立つし、街を歩いていても貴族然とした男に声をかけられる。


 そして口を開かせれば。


「おう、いつも通りだったぜ」


「さいですか」


 その口の汚さに肩を落とされるか、圧倒される。


 中にはそれでもと願う者もいるが、その後に持ちかけられる勝負で大体敗北して一時のお楽しみを叶えられたものはいない。


「しっかし意図はわかるがよ、なんでオレ様がパーティリーダー扱いなんざ」


「働かざるもの食うべからずだよ。こうして酒を飲ましてやってんだから文句言わない」


「ちっ……」


 そんなクリエラはフォウルとパーティを組んでいる冒険者という体になっている。


 フォウルという存在を可能な限り世間に認知させないようにする防波堤となるためだ。

 ガルゼスではフォウこそが表で強く認知される存在となるべく、中の人であるフォウルが大っぴらに何かをすることはできない。


 故に、わがままお嬢様の付き人的なポジションでいられるように設定した偽装身分である。


「まぁ、酒が飲めるならいいけどよ」


 不満顔のままエールを一気飲みしては、次のジョッキをと店員を捕まえるクリエラだ。


 精霊であるクリエラは飲食を必要としない。

 顕現するのに必要なものは宿主の魔力のみである。


 だが、必要としないから要らないというわけではなく、クリエラだけに限らず顕現した精霊が食事を摂ることは珍しくない。


 そんな精霊の中で、クリエラは酒が好きだった、そういうことである。


「悪いな。ガルゼスで活動している間は勘弁してくれ」


「ふん」


「メシ食べてるのもそうだけどさ。俺としてはお前とこうしているのがなんだか楽しいんだ。前みたいにとは言わないけど、頼むよ」


「……あー」


 思い出すには苦いものが多かったが、思い出したくなるようなものがあったのも確かで。


 フォウルはクリエラとぎゃーぎゃー言いながら食事をするのが好きだった。

 根っこの部分ではアリサのためを掲げている者同士だ、相性が悪い訳はない。


 特に今は表立ってアリサのためにと動いている。


「おめぇよ、そういうのはアリサだけにしとけな?」


「そういうの?」


「はぁ……鈍感クソ賢者はほんとによぉ……」


「うん?」


 実際の所、フォウルはクリエラのことをこれ以上なく信頼している。

 勇者アリサパーティの仲間たち全員をとも言えるが、特にクリエラとは目的の大部分が重なっているのだ。


 だからこそクリエラは文句こそ言うが、アリサのためだと思えたものに反対はしないし応じる。

 フォウルとてクリエラの意見を検討もせず却下することはないし、新しい発見や考え方だと基本的には受け入れる。


 こと今世において、この二人ほど相性の良い組み合わせはないだろう。


「いや、いいがよ。とりあえずCランクには上がったんだ、そろそろ一回――」


「よぉっ! じゃまぁ、するぜぇ?」


「――あん?」


 温かい雰囲気を元に戻そうとしたクリエラよりも早く、二人の間に大きなジョッキが割って入った。


「ヒック……メスさんよぉ? てめーに奢ったら……たのしませてぇ、くれるってぇ?」


「……くっせぇ息吐いてんじゃねぇよおっさん・・・・。まぁ? 楽しませてやる前に、楽しませてもらうのが先だがな?」


 足元を見れば千鳥足、どこをどう見ても鬱陶しい酔っぱらい。


「へへ、楽しませるってぇ? んだ? 布団の上でいいのかイ?」


「生憎オレ様の隣は予約でいっぱいでなぁ? あんたのモンがちゃんとおったつのかもわかんねぇしよ? 楽しみてぇならまずはこいつの相手しろや」


「あぁ? ……はははっ! このヒョロガキのぉ!? 笑わせんなよ! もやし趣味なんだったらちゃあんと大人の味を教えて――」


「だからくせぇってんだろうがよ、酔っ払い」


 相変わらずのクソオヤジ。


 内心で小さく呟いた後フォウルは立ち上がり。


「あぁ?」


「良いから表出ろ。粗末なモン、二度と使えないようにしてやるから」


「――ハッ! 上等、だゼェ?」


 表を指差し、バルドを挑発した。

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