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第57話「滾り」

『本日のメインカードとなります! この試合に勝てばCランク認定! アイヴィープリンセス・フォウ VS 同じくこの試合に勝てばBランク認定! 漆黒の牙・カルセリア!』


 Dランクの闘士に勝てばBランクに認定される。

 異例も異例としか言いようがないマッチメイクだった。


 ただ、今回の対戦相手であるカルセリアという女はこれを侮辱と捉えなかった。

 それどころか納得すらしていた。

 今のCランクに認定されている闘士でフォウに勝てる相手は居なかったし、Bランク闘士ですらいい勝負ができるかどうかと言った程度だと、フォウのことを目していたから。


「……いい勝負にしよう」


「いい勝負にしてほしいのですか?」


 中央で握手を交わす二人だったが、やはりと言うべきかフォウは設定したキャラ付けに沿って傲慢で。


「それでこそ、と言うべきか。だが、是非ともそう願う。勝つつもりではあるが、気分としては指南を受けに来たようなものでな」


「なるほど」


 少し今までの対戦相手とは違うなとフォウルは心の中で呟く。


 実力を考えればさほどの強敵というわけではない。

 いつもどおりでいいのであれば、それこそ一瞬で勝負を終えられる。


「一つ、聞きたいのですが」


「なんだろうか」


「なぜ、闘士に?」


「強くなりたいからさ。闘士の名誉に興味はないが、自分のために強くなりたくてね」


 闘士の中には僅かではあるがこういった人間は存在する。

 闘士生活を腰掛けにして実績を積み、有力者の護衛だとか、傭兵として一旗揚げようであるとか。


「ならば、これを引退試合としてください」


「っ……あぁ! 感謝する!!」


 そういった人種のことがフォウルは嫌いではなかった。


 闘技場での戦いとは一種のエンターテイメントだ。

 娯楽を殊の外悪く言うつもりはないフォウルであったが、魔物や魔族に通用する力を身につけられるとは思っていない。


 それこそ覇者バルドが勇者パーティに参加してからしばらくは本領を発揮できなかったように。


「良い、試合にしましょう」


「よろしくお願いする!」


 勝負を試合と言い換えて、二人は距離を離す。


 フォウが扱うは変わらずのスネークソード。

 対するカルセリアは刀身の短い取り回しが効くカトラスという剣。


 ――雰囲気相応なら、ちゃんとやればいい勝負にはできる。


 スネークソードに対して取り回しの効き安い武器は有効だ。

 後は扱い手の実力次第だが、その心配はなさそうだと頷いて。


『両者構えっ! 尋常に勝負――はじめっ!!』


「うおおおおおっ!!」


 飛び込んできたカルセリアの太刀筋を、躱すことなく受け止めた。




「お、おいっ! まだ続いてるぞ!?」


「あのアイヴィープリンセスがか……あまりぱっとしない印象だったけど、カルセリアって強かったんだな」


 いつもと違う展開に観客席からざわめきが広がった。


 今回もいつものように一瞬で決着が着く。

 それはフォウの戦いを見に来た者たち全ての予想だった。

 しかしこうして蓋を開けてみれば、ある意味において他の試合でも見るような光景。


「ちぇええっ!!」


「ふっ――」


 カルセリアが迫り、フォウがスネークソードを分割して距離を取る。

 自分に少しでも優位な距離、間合いを取るべく相手の空間を削り合う作業が繰り広げられていた。


 言ってしまえばフォウの戦いを楽しみにしていた者たちからすれば拍子抜け、がっかりするような光景である。


 フォウが人気となった理由の一つにはやはり圧倒感があったためだ。

 どこまで行けるのかはわからないが、少なくともBランクにあがるまで、殺しが視野に入るまでは圧倒し続けるだろうという考えが漠然とあった。


 にもかかわらずCランク昇格戦で、この体たらく。


「やっぱ、フォウもこのて――うぉっ?」


 観客の一人が、思わず心無い言葉を口にしそうになった瞬間。


「バカが……あのスケが、今まで以上に圧倒してるってのがわかんネェか?」


 とある男が、持っていた酒瓶を握り割った音が響いた。


「ど、どういう、意味だよ?」


「アソコでヤってんのは、試合でも戦いでもネェ……ありゃ、お授業みてぇなもんだ。あんよが上手ってナァ……」


「なんだ? 指導戦でもしてるってのか?」


「そうイってんだよ。よく見てみろ、カルセリアは必死だってんのにあのスケ、涼しい顔してヤがるだろ?」


 促されて見ればたしかにその通り。

 カルセリア自身、何をやっても距離すら削れないことを理解しているのだろう、今は何をすべきかすら検討がつかず、できることを全部やろうとしているだけに過ぎない。


 同時に、観客の中で目の肥えた者たちがそうだと気づき始め……身体を震えさせた。


「ちっ……見せつけやがって……!」


 震えたのはこの男もそうだ。


 精々名を上げろと。

 持ち上がったその名声ごとお前を頂いてやるなんて思っていたのだ。


 この程度なら、いつでもヤれる。

 そう思って、闘士となることを見合わせていた。


 だが。


「久しぶりに……滾らせて、くれンじゃねぇかよ……責任、取ってもらうぜぇ?」


 久しぶりにどころか初めて。


 後に闘神と呼ばれるバルドは、勝てないと感じさせられた相手に熱い眼差しを向けた。

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