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第56話「予定変更」

 蔓姫アイヴィープリンセス


 新たなスターの誕生に何の前触れもないことは常よりのことではあったが、闘技場に現れたフォウのことを観客はそう呼んだ。


 見た目麗しいどころか、男受けする容姿はもちろん。

 使い手が少ないスネークソードを巧みに扱い、今の所負けなしどころか勝負は一瞬で終わる。

 わかり易すぎるくらいに圧倒的で、何処にこんな使い手がいたのかと世の情報流通に恨み言すら出る始末。


 また、フォウがインパクトを求めるために付与したクール加減は女性層の心を鷲掴みにした。


 ――物足りない。


 勝利を収めてもニコリとも笑わず、ただ淡々と作業のように勝利を誇りその場を後にするその姿。

 女性闘士が少ないこともあっただろう、何より闘技場という場所では男には勝てないという常識を打ち破ったフォウへと、熱の籠もりすぎた視線を向ける者に男女は問わなかった。


「フォウお姉様っ! 明日の試合も応援していますっ!」


「え、ええ。ありがとう、ございます」


「は、はひ」


 試合後に闘技場を後にすればこうして囲まれる。

 お姉様ってなんだ……なんて内心で思わず呟くフォウルだったが、ある意味目論見通りではあった。


 言ってしまえば闘技場の運営から目をつけられたのだ、金になると。


 この一週間でフォウは闘士ランクDにまで辿り着いた。

 金の匂いに敏感なガルゼスの上層部は、強引すぎない程度にフォウの対戦カードを操作し、人気が生まれるような好カードをフォウに用意した。


 例えば今日の対戦相手は、お世辞でも何でもなく人気、実力ともに十分な闘士の一人。

 観客たちはこいつに勝てば本物だと認めるほかなかったし、運営の一部からはやりすぎだという意見が上がるほどの。


 そんな相手を、やっぱり変わらず圧倒した。


「ちゅ、次の試合はいつでしゅか!」


「何事も無ければまた明日です」


「ま、また応援に来てもいいですかっ!!」


「はい、お待ちしておりますね」


 ファンサービスとでも受け取られたのか、フォウの返事に黄色い声が上がる。


 女性ファンに圧倒されているのか、遠巻きに眺めている男たちもまた明日フォウの姿が闘技場で見られることを嬉しく思っていた。


 ちょっとしたどころじゃなく、最早フォウは闘技場のアイドルと言っても良い位置にいると言っていいだろう。


 他の闘士からすれば面白くないことは事実であったが、フォウの強さは認めるほか無い。

 現にフォウが設定している一つの区切り、Cランク闘士たちは築き上げた今の立場から蹴落とされることにならないよう必死な努力を始めていたし、BランクAランクと言った闘士たちもフォウへの対策を講じ始めている。


 一言、順調なのである。


 ただ。


「……これ、フォウルが闘技場に参加できなくなったんじゃないか……?」


「どうしましたか!?」


「あ、いえ。夕食、何を食べようかなと」


「でででで、でしたらお、おおいしいところを!!」


「抜け駆けすんなボケェ!! わ、わたひと!! ついでにわたしもどうですか!!」


 順調すぎて問題が出てきたと、フォウルは何故か発生した女の戦いを尻目にため息をついた。




「自業自得じゃねぇか」


「手厳しい意見どうも」


 宿に戻って呆れた様子のクリエラと話すフォウルは仰るとおりと苦笑いを浮かべた。


「だがまぁ、てめぇのキャラ付けがあろうが無かろうが、こうはなってたんじゃねぇか? ちょっと今の時代の闘士たち、弱すぎるだろ」


「そう、なんだよなぁ」


 重ねていうが、フォウルにとってもフォウにとっても闘技場とは金稼ぎの手段でしか無かった。

 何ならフォウで闘技場の様子を見た後、フォウルとしても闘士登録を行い、一日二試合しか出来ないものを一人で四試合行って、稼ぎを加速させることさえ考えていた。


 しかし。


「どれだけ手加減しても、フォウルはフォウ以上に圧倒してしまう」


「今以上の手加減なんて、それこそわざとダメージを受けて泥仕合を演出するくらいしかねぇだろうな」


 ダメージを受けることは論外だ。

 四試合行うことを考えればであるが、いちいち傷の手当てをしていれば魔力にしろ時間にしてもどれだけあっても足りなすぎる。


 じゃあフォウルでもフォウと同じようにさくさく勝ち上がってしまえば良いのではとも思うが、今のフォウ人気を考えればフォウルとフォウのカードが遠くないうちに組まれてしまうことは見えていて。


「けど、なんとなくわかったな」


「あぁ? あー……なるほどな? 確かにおっさんの名前は闘士リストになかった。アイツが闘技場の活性化に一役買ってたってワケな」


 そういうことだろうとフォウルは小さく頷いた。


 闘神バルドはその名の通り、闘技場の覇者だ。

 あるいは今のフォウルと同じように、存在しただけで周りの成長を促し闘技場を活性化させ、全体のレベル向上の一因となっていたのだろう。


「間違っても、おっさんにその意図があったとは思えねぇが」


「違いない」


 クリエラと揃って笑うフォウル。


 仮に、今フォウルがフォウとしてやっていることがバルドと同じことだというのなら。


「じゃ、てっぺん取っておいたらおっさんは向こうから来てくれるかな」


「だろうな。遠慮なくフォウで闘神になっといて良いんじゃねぇの? どうせ、今んとこいい勝負できる相手は、多分おっさんしかいねぇだろうし」


 そんなクリエラの言葉に頷いたフォウルは。


「じゃ、予定変更だ。途中一回ハフストに帰ってアリサに説明してから……闘神になっておくか」


 ちょっと買い物行ってくるなんて気軽さで、フォウルは予定を変更した。

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