フォウルがクリエラにいじめ――もといクリエラと稽古を積みながらガルゼスに向かっている頃。
「あーうー……」
「ど、どうしたんですか? アリサさん」
「……フォウル成分が、足りないの」
「ふぉ、フォウル成分、ですか?」
ハフストではアリサが自分の家でぐったりしていた。
「うー……フォウル、ふぉうるぅ……」
「あ、あはは……」
アリサはフォウルの出稼ぎが終わるまで会えないと思っていた。
今まで出稼ぎに行った男の人たちはそうだし、待っている女の人の寂しさを堪えながらも旦那様の帰りを待つ姿を見て、私もいつかこうなるのだから、頑張ろうと心にしていたものだ。
その甲斐あってか、フォウルが最初に出ていった頃は寂しさを堪えることが出来ていた。
しかしながら、シズの件があったとは言え途中で何度か会うことができてしまった。
つまり我慢しなくていいとまでは言わないが、もしかしたら帰ってくるかもという期待を常に抱えることになってしまったのだ。
罪深きフォウルはこのことを知らず、今はフォウとしてクリエラにいじめられている。
「しずさぁん……どうにかしてぇ」
「どうにかと言われても……」
自分にへばりついてきたアリサを引き剥がすこともせず、よしよしと背中を撫でて慰める他にないシズだ。
フォウルがこの場にいたのなら間違いなく目を丸くしていただろう。
何せ勇者パーティとして行動を共にしていた頃によく見た光景なのだから。
「あー……癒やされるぅ……」
「もう、アリサさんったら」
アリサ以上、フォウ未満なシズの胸に顔を埋めてぐりぐりと。
かつての勇者アリサも精神的に参っている時にはよくシズの胸に飛び込んでいた。
ハフストに同年代の女性が少ないこともあったが、何より二人の相性が良かったのだ。
何よりシズはフォウルに対して恋愛感情を抱いていなかった。
頼れる人だという意味で憧れに近い感情こそ抱いてはいたものの、傍から見れば好き好きオーラをフォウルに向かってビシバシ飛ばしていたアリサがいたから、憧れが恋愛には結びつかなかった。
故にアリサはシズのことをライバルだと思わず、大切な仲間で恋愛相談相手として認識することが出来たと言えるだろう。
「シズさんはさー……寂しくないの?」
「寂しい、ですか?」
「えぇっと、フォウさん、だったっけ? 大切な人に、会えなくて」
「んー……」
自分の胸元からにょっきりと見上げてくるアリサから視線を外してシズは考える。
当然あの日は泣いた。
窓から見送るフォウの背がはっきりと見えることはなかったし、今からでもやっぱりと背中を追いかけたくなる気持ちを堪えるのは並々ならない努力を要した。
アリサが言うように、今でも。
あるいはあの時以上にフォウを深く想っている。
「寂しい……気持ちが無いわけではないですが」
「ですが?」
「それ以上に、フォウさんの成功や活躍を願っていますから」
「う゛っ……」
呻きながらよろよろと後ずさるアリサ。
聖女はどうなろうと聖女だとでも言うのか、後光が射しているかのようなシズの笑顔。
もちろん旅に疲れて、ハフストへ戻ってくるような事があれば温かく迎え入れるだろう。
フォウの疲れを誠心誠意癒やし、フォウが望むままの献身を捧げる。
そして言うのだ、いってらっしゃいと。
「シズさんは、強いなぁ」
「ふふ、ありがとうございます」
アリサは待つ女の極みを見たような心持ちだった。
真実シズは待っている。
フォウが言う世界平和がどういったものなのかはいくら考えてもわからない。
わからないが、いつか成し遂げ再び戻ってきた時のフォウはきっと、自分の知っているフォウよりもずっと素敵だろうから、そんな彼女と再会できることを心から楽しみに待っている。
「というか……私よりなんか、旦那様を待つ女って感じ」
「だ、旦那様を待つ女って……ふぉ、フォウさんは女性ですよ?」
じとりと湿度の高いアリサの視線から目を反らしたシズ。
なんとなく、居心地が悪くなったと。
「私、別に同性愛がナシとか言わないよ?」
「な、何を言ってるんですか!? ふぉ、フォウさんは大切なお友達で! その!」
だが実は考えたことがあったりする。もしもフォウが男の人だったらと。
シズはフォウが女の人だからある程度最初から警戒せずにいられた。
現にフォウがフォウルとして会った時には警戒心を持って相対していたし、フォウが男であったのなら友達という関係にすら至らなかっただろう。
だからあり得ない想像だ。
そしてフォウはフォウルであるため、あり得ないことが叶っている状態とも言える。
「あはは、ごめんごめん。でも、フォウさんって美人だよねぇ」
「美人なだけじゃないですよ? すっごく頼もしくて、優しくて! 包容力もあって! アンデッドも一瞬で処理しちゃうくらい強くって! 聖女ってフォウさんのためにあるような言葉なんですよ!」
「あ、う、うん、そ、ソウダネ?」
「そうです! いいですか? フォウさんはですね――」
あ、変なスイッチ踏んだ、と。
唐突に始まったフォウ語りに口端を曳くつかせるアリサは。
「早くフォウル、帰ってこないかなぁ」
「聞いてますか!?」
「は、はい!」
何でもない一日を、新しい友人と平和に過ごしていた。