「こ、この辱めは忘れないからな……!」
「辱めっていわれてもな? まぁ、なかなか良いモン見れたからオレ様も覚えておいてやるよ」
フォウの姿になればクリエラはフォウルとなる。
下着店に連れられたフォウは、端的に言えば自分に下着をチョイスされるという意味不明な体験をしてしまった。
周りから見ればバカップルが夜の営みに刺激を求めて云々の流れにしか見えない光景であって大した問題とは思われていない。
精々生暖かい目と、独り身の人間から血の涙を流されたくらいである。
そのことをクリエラは重々理解した上で、彼氏ヅラよろしくあれこれフォウを着せ替え人形にして楽しんだ。
そりゃもう楽しんだ、なんだかんだ言いながらフォウはクリエラの理想を意識して作られた造形だけに視覚でも触覚でも。
「で? んなことはいいんだよ、動き心地はどうだ?」
「……おかげさまで痛くないよ。クソ、感謝したくないけど、感謝しておく」
「そりゃ何よりだ」
クリエラにはかつて勇者アリサによる、フォウルはどんな下着が好きかと下着店めぐりに引き回された経験がある。
完全に異性認定されていないことに落ち込んだクリエラのささやかな復讐だったりもしたが、それは余談として。
そんなことを知らないフォウルは、なんでお前はこんなことに詳しいんだよと内心でごちったが、助かったのは事実が故に強く出られない。
スポーツブラというよりは矯正下着とでも言うべきか。
やや窮屈に感じるものの、胸の形をしっかり保つようなワイヤーが入っていて、激しく動いてもばるんばるんと弾んだりはしない。
つまりは十全に身体を動かせるようになったということ。
「しかしまぁ、胸を気にしないで動けるようになったはいいんだけども。思い通りにとはいかないもんだな」
「そりゃ当たり前だろ。筋肉の付き方なんかもそうだが、根本的に作りから違うんだ。魔法だけならいざしれず、どっちも同じクオリティで剣なんかを振れるわけじゃねぇさ」
グリモアで購入した軽めのショートソードを振るフォウルだったが、自分の思い描く剣閃にはならない。
クリエラが言うように、魔法ならともかく、フォウとして剣を練習すればフォウルの剣技にまで影響が及ぶだろう。
剣技と言っても何らかの流派を修めているわけではなく、あくまでも我流ではある。
ただ、おっさんことバルドによる肉体言語を使用した助言があった故にそこらの二流剣術よりはよっぽど実践的で、磨かれた剣技ではあったが。
「剣技はフォウの身体に馴染ませるか」
「あん? 良いのか? そんな簡単に決めて」
「簡単にってわけじゃないけどな。荒事にしても何にしても、悪目立ちであろうが基本的に人の目を気にする時はフォウだ。わざわざ偽装身分とするためだけにマスカレイドを使ったわけだしな」
「フォウルはこの世界で名を通さない、と」
クリエラの確認するかのような声色へとフォウルは頷き、フォウの姿で剣をぶんぶんと振り始める。
納得がいかないのか時折首を傾げるが、素人目から見れば十分に強く、美しいと思える刃筋の煌めきだ。
改めて、フォウルという存在は優秀だった。
魔法で実現不可能なことはないとも言われた大賢者というイメージがかつては世界に浸透していたが、何よりもフォウルは器用で勤勉だった。
広く浅くではなく、広く深く。
テストで言えば全教科を何でもない顔しながら90点を取ってくるようなタイプの出来すぎ人間である。
無論、アリサの一助になるのであればという言葉が頭につく教科限定で。
それだけに。
「惜しい、な……」
クリエラにはフォウルという男が偉大であって欲しいという願いがあった。
理由はもちろん、アリサの隣に在る人間はそうでなくてはならないという気持ちではあるが。
何より自分が白旗を振った人間なのだ、フォウルは。
あぁ、こいつには敵わないし、自分よりもアリサを幸せにすると認めてしまった相手なのだ。
「ある意味、それこそが美徳で、アリサが惚れた理由ってヤツなのかもしんねぇが……な」
世界に認められて欲しい、認められるべきだ。
そんな風に、クリエラは思う。
「未練、だぁな」
敗北感、あるいは口にしたように未練というものだろう。
どういう形であろうとも、アリサの隣にフォウルがいる。
その光景さえ平和に続くのであれば、それがアリサにとって何よりの幸せだとクリエラはわかっているのだ。
もちろん、フォウルにしても、だ。
「はぁ……ったく、相変わらず過ぎてたまらねぇよ」
「うん? 何か言ったか?」
「なんでもねぇよ! それより随分鈍ったんじゃねぇか? それでほんとにアリサを守れんのかよ」
「うぐ……ガルゼスについて、バルドに会うまでにはなんとかする」
やれやれとクリエラはフォウルの姿で頭を振って。
「ったく。オレ様がこの身体でちょっと見せてやるから、そのしょぼいナマクラを貸せ」
「お前が風呂入りたいなんて言わなきゃもっとマシなのが買えたんだよ」
「うっせ。もっと稼げるようになれや、この甲斐性なしが」
「おまっ!? い、言いやがったな!?」
誰にも言えない、言うつもりもない気持ちを、八つ当たりで発散させに向かった。