温泉を楽しむのはアリサと。
そう決めていたフォウルではあったのだが。
「かーっ! 人間ってのはクソだが、どうしてこうも良いもんは作るもんかねぇっ!!」
「……どうしてこうなった」
隣りにいるのはアリサではなく、女になったクリエラ。
フォウルとしてはグリモアに寄ったのはクリエラの存在を確認するためだけだった。
もう少し言えば、今は会えないだろうと思ってはいたが念の為にという程度のもの。
それが再会したフォウルが言うところのエロ精霊は、既に現れていたどころかフォウルを待っていて。
この世界の宿主として認められた。つまりは勇者フォウルの誕生である。
「おいフォウル、酒」
「はいはい……」
湯船に浮かんでいる木のお盆に清酒を載せてクリエラの方へと押し流す。
アリサの前ではそれなりに良い子ぶっていたというのに、本性を知っている相手にはこれだ。
「んっんっ……くぅ~! これだよなぁ! クソ人間よぉ!!」
「はー……気が重い」
しかもかつてとは違い、絶世の美女。
艶のある銀髪を伝う雫は煌めきながら湯船へと滴り、酒のせいかそれとも温泉の効能か。淡く紅の差す肌は色っぽいの一言で。
如何にアリサ一筋鈍感クソ賢者フォウルとて、冷静でいるためには多少の苦労を要していた。
「おい、テメェは飲まないのか」
「ザルなお前と比べんじゃないっての。風呂入りながら酒飲むとか、自殺行為も良いところだ」
「あ゛~? 相変わらずかたっくるしいなてめぇはよ。今日はここに泊まるんだろ? だったら別にぶっ倒れようが構わねぇだろうがよ」
「お前なぁ……はぁ」
ザルのくせに絡み酒。
自分が今どういう姿をしているのか本当にわかっているのかと問い詰めたくなる気持ちを堪えながら、クリエラの姿が視界に入らないようにフォウルはそっぽを向く。
フォウとしてあの神父へと軽く迫ったことを思い出して思わず頭痛を感じてしまう。
あるいは、お手本にするべきなのかも知れないが、流石にまだこのクリエラに慣れていないフォウルは小さくため息をついた。
「んお? ……ははーん、テメェもしかしてオレ様に欲情してんのか?」
「なっ!? ば、バカ言ってんじゃねぇよ!? 俺はアリサ一筋だっての!!」
「知ってるっての。でもよー……未だに認めたくねぇが、テメェはオレ様の宿主だ。つまりは言葉通り一心同体の存在になった。ってことは、オレ様を使うってのは自分で自分を使うようなもんなんだゼェ?」
ニヤニヤとお猪口片手にフォウルへとにじり寄っていくクリエラ。
言外に含まれる意味としては、間違いが起こってもこれは浮気になりませんよー、と言ったところか。
大は小を兼ねる、あるいは大艦巨砲主義なクリエラは、その主義通り何処とは言わないが大層立派なものを持っていて。
「や、やめろって、冗談はよせ」
「ふふーん? オレ様、こう見えて宿主に尽くすタイプなのは知ってるだろー?」
いかん、溢れる。
フォウルの視線の先にあるものはお銚子かお猪口か、それともなんだったか。
「え、えぇい! マスカレイド!!」
「お?」
行き着いた結論は同性なら問題ないだろうという逃げの一手。
「で? 尽くすタイプがなんだ――えぇ?」
「ほほう? こりゃ、面白い」
マスカレイドでフォウとなったフォウルの目の間にいたのは。
「お、俺……?」
「なるほどな。テメェが女になれば、オレ様は男に……いや、フォウルになると」
まさしく瓜二つどころか
「どういう、ことだ?」
「……クリエラは女として固着した、つまり男のクリエラは存在しない。その代替としてテメェの姿が選ばれたわけか。まーオレ様のダブルって力もあるんだろうが、こういう形で発動するとはねぇ」
興味深くクリエラはフォウルとなった自分の身体を確認し始めた。
ある意味危機的状況を乗り切ったフォウルではあったが、こうして自分を見るというのはなんとも奇妙な感じで。
「ふぅん? 魔力のパスは繋がってるのか。これならオレ様でもお前ほどじゃねぇだろうが、多少人間の魔法も使えそうだ」
「……具体的には?」
「一般ベースの初級から中級程度なら、って感じだな。自分の身は自分で守れるだろうさ」
ふむふむと身体を確認するクリエラを尻目に、考えていた問題が一つ解決しそうだとフォウルは一つ頷いた。
アリサと新婚旅行と言う名の世直しの旅が始まれば、当然アリサの身近に居ながら問題解決へと向かわなければならない。
物理的に不可能な部分はあると思っていたし、それこそ何処か無理やりな術を使う必要が出てくると考えていたが、この分ならと。
しかし。
「あ゛ー……んな目ェすんなよ、クソ賢者」
「うん?」
「この姿で、アリサに迫るなんてことはしねぇよ。っていうかちっとは考えろ、テメェからしたら複雑かもしれねぇが、アリサはテメェだから愛してるんだ。逆に嫉妬でオレ様の頭がおかしくなる」
「……そうか」
珍しくというか、初めて。
「オレ様はテメェに負けた。アリサの隣に在るべきはテメェだと認めちまった。それをひっくり返すなんざ、プライドが許せねぇし精霊としてもやっちゃいけねぇ。だから、まぁなんだ、上手く使え」
「クリエラ……」
フォウルの顔で、切なそうな表情を浮かべたクリエラは、完全に白旗を振っていた。
「一応、これでもテメェのことは信頼してるんだ。アリサを幸せにしてくれるって一点では特にな。裏切ってくれんなよ? だから、上手く使え」
「あぁ、わかった。任せろ……そして、任された」
「おう」