精霊とは誰の前にでも姿を現すわけではない。
それどころか文字通り自分の姿を見せることもしない。
フォウルの知るクリエラという精霊は、かつて資格という単語を口にした。
人間たちから考えるその資格とはやはり勇者の資格と言えるのだろう。
少なくとも、勇者アリサはその資格を有していて、勇者アリサパーティで資格を有していたのはアリサだけだった。
だが、逆説的に言うのであれば。
精霊の姿を見ることができれば勇者の資格ありということなのだ。
そしてフォウルはその資格を手に入れた、あるいは無理やり作った。
それが、
「止まれ。この森に何の用か」
「管理お疲れさまです。ただの観光ですよ」
「観光客か。禁止事項に関しての説明は?」
「指定区域までしか入らない、木々といった自然を傷つけない。でしたか」
やってきた精霊の森はグリモアが管理する森だ。
こうして森の入口に守備兵が立てられる程度には大切にされている。
「加えて中での攻勢魔法も禁じられている。火属性の魔法など特に厳禁だ」
「承知しておりますよ」
「ならば良い。万が一魔物の類が現れた際にはこの笛を吹くように。近隣を巡回している者が対応する」
「わかりました」
受け取った笛、というよりホイッスルは巡回者の持つコンパスを反応させる道具だ。
ホイッスルを吹けば巡回者の持つコンパスが笛の音発生源へと方位を示すようになっている。
「では、精霊の加護がありますように」
「ありがとうございます」
最後に観光客へと向けるには少し無愛想がすぎる言葉に見送られながら、フォウルは精霊の森へと足を踏み入れた。
かつてここにやってきたのは、アリサの誕生日。
フォウルがアリサの誕生日を祝うため、稼いだ金でお互いの家族を連れての旅行へグリモアに来た日だった。
「あの時は、まさか勇者アリサが生まれる日になるなんてとか思ったっけな」
温泉に入り浸るお互いの両親へと苦笑いを浮かべて、せっかくだしとやって来たこの森。
――なんか、聞こえる。
今と同じように何処にでもある森のようで、なんとなく神秘的と言うか幻想的な森に感じられるのは何故だろうとか言い合っていた中で、アリサは不意に耳を澄ませた。
「確か、この辺りか」
フォウルの主観的にはかなり昔のことだったが、今であってもよく覚えている。
指定の区域を出ないようにと言ってきた守り人をしていた人へと心の中で謝罪を一つ。
「
姿が見えなくなる効果を持つ魔法を使って、区域の外へと踏み出す。
――お、おい! 待てよアリサ!
――だって、だって、呼んでる……呼ばれてるんだもん!
呼ばれているというよりは、導かれるというべきか。
何の考えもなしに規則を破るようなアリサではない。
にもかかわらず、躊躇なく区域外へと駆け出すアリサに困惑しながらも追いかけて。
――呼ばれてるって何に!?
――わかんない! わかんないけど! 行かなくちゃ!!
アリサが自分には見えない何者かと邂逅する瞬間を前にした。
「随分、恨んだっけな」
勇者アリサの誕生を。
生まれた瞬間は祝福した、それでも心配だから着いていった。
そして次々に襲い来る悲劇に心を痛め続けて。
お前さえアリサを選ばなければ。
そんな風にフォウルは思った。むしろ直接詰った。
どうしてアリサだったのかと。
「けど……魔王を倒す、その一点においてお前は正しかった」
世界は魔族との戦いが始まりそうだったから。
勇者アリサがその名に相応しいくらいの実力を身に着けた頃には、戦争が本格化していたから。
もう、魔王を倒すくらいしか選択肢が残されていなかったから。
「精霊は世界の安定を願うもの」
希望も絶望も、幸せも不幸もプラスマイナスゼロ。
それこそが調和というものであり世界の在るべき姿である。
いつかクリエラは激昂するフォウルに向けてそういった。
ここでアリサが不幸になった分、誰かが幸せになるのだと。
そしておまけのように言うのだ。
「オレ様がアリサを幸せにするから問題ない」
「っ……」
フォウルを心底馬鹿にしたような目をしながら。
「おせぇんだよ、このクソ賢者。誰かと契約しなきゃオレ様はここから出れねぇってくらい知ってるだろうがよ」
「はっ、相変わらずだなクソ精霊。何回目にしてもクッソうぜぇ面してやが――はぁ?」
そんな目を期待して、振り向いた先にあったのは。
「あ゛ー……予想してたけど、やっぱムカツクぜ。うるせぇな、仕方ねぇだろ? 精霊は基本的に宿主と違う性別になるんだ、教えてやっただろうがよ」
「……あー、なんだ。そりゃ、つまり、えぇと。ご愁傷、さま?」
「うっせぇこのスカタン! あーあー! そうだよ! これでも反省したんだよ! 反省したからもう一度を許してやったんだよ! あんなのは差し引きゼロの世界じゃねぇってな! 感謝しやがれボケ賢者!」
サラサラ銀髪ロングヘアーで、まさしくかつて自分で語った女の理想像を体現したかのような。
「まぁ、久しぶりだな? クリエラ」
「あぁ、会いたかったよ、フォウル」
やたらめったらに口だけが悪い、元凶サマがいた。