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第47話「精霊都市グリモア」

 今までの稼ぎがハフストに孤児院を建てる費用へ消えた。


 当然だがそれすなわち結婚式にかかる費用に加えて、新婚生活に備える費用、更には新婚旅行のための金がなくなったということだ。


 アリサは喜んで納得してくれたとは言え、アリサの優しさに甘えてばかりもいられない。


「やっぱ、ルクトリアじゃもう効率が悪いよな」


 その気になれば孤児院建設費用と同額程度なら一週間もあればすぐに稼げるフォウルだったが、それはそれだけ仕事があればという話。


 多くある仕事の中でも危険を顧みないのであれば一番稼げるのは魔物討伐依頼、あるいはアンデッド処理である。


 しかしながらフォウル、あるいはフォウというべきか人並み外れた強者は少しどころかかなりやりすぎた。


「自業自得ではあるけれど、そりゃすぐに仕事が舞い込んでくるわけでもない、か」


 ルクトリアで管理している付近の討伐、処理依頼が全くなくなってしまったのだ。


 やってきた頃には募集板に溢れかえってきた張り紙が、今はもう報酬も安く、それこそ子供でもこなせる程度のお使いに近いものしかない。


 ある意味市場破壊と言っていいだろうフォウルのやってしまったことは。


 割のいい仕事を片っ端から即片付けた。

 それはつまり他の魔物退治を生業としていた人間たちの仕事を奪ったということ。


「うーん……」


 どおりで他の冒険者たちからの視線が冷たいわけだと、今更ながらにフォウルは気づいた。


 分相応な場所で活動しろ。

 それは良くも悪くも冒険者達にとっての不文律である。

 命を守るためにも、市場を守るためにも。


 効率を求めすぎた結果、あるいは弊害と言えるだろう。

 このままルクトリアに居付いて依頼をこなそうとすれば逆恨みで何か仕掛けられてもおかしくない。


「場所、変えるか……」


 出稼ぎをするならルクトリア。


 その話の通り、ルクトリアは稼げる街の一つだし、何よりハフストとの距離もちょうどよくうってつけの場所ではあったんだけどなと、フォウルは頬を掻きながらも仕方ないと諦めた。


「あ、すいません」


「はいはい、毎度どうもフォウルさん。見ての通り依頼は全然だけど、何かようかい?」


 心なしか冷たい態度と感じられる窓口の職員に今更気づいて申し訳ないと心で謝りつつ。


「グリモア行きの出荷馬車護衛依頼とか、あります?」


 この機会に確認だけしておくかと、精霊都市と呼ばれる街の名前を口にした。




 精霊都市、グリモア。


 精霊が人間界に初めて姿を現したと言われている場所である。


 ルクトリアのように人の活気が溢れる場所ではなく、どちらかと言えば静かな都市で、稼げる場所というわけでもない。


 他の街と違う点があるとすれば、原初の精霊と呼ばれている精霊の像が街の中央に立っているくらいのもので、規模だけで言えばルクトリアよりも小さな街だ。


「ありがとよー! また機会があればたのんますわ!」


「ええ、こちらこそ。ありがとうございました」


 そんな街へとフォウルはやってきた。

 ルクトリアからはそこそこ離れている場所であり、そうそうこの街への護衛依頼なんてあるものではないが。


「結果オーライだな」


 さっさと出て行って欲しいと願っていたものたちが無理やり作り出した依頼によってやってくることができた。


 去っていく受付にいた男の晴れやかな表情になんとも言えない思いを抱えてしまうが、それはそれ。


 距離がある分テレポートに使用する魔力は嵩んでしまうが、それこそルクトリアを中継に出来るのであれば問題ないだろうとフォウルは大きく身体を伸ばした。


「さて、と」


 改めてグリモアは長閑な街だ。

 原初の精霊が静寂を好んでいたという伝承もあって、意図的に賑やかしくなる要素を削った街とも言える。


 それでも羽を伸ばすとでも言うか、休養地としては名高く、歓楽街こそないが、多くの宿が並んでいる。


「温泉を楽しむのは……アリサとだな」


 中でもグリモアの温泉は有名で、ここぞとばかりに精霊の加護を謳ってしのぎを削り合っている。


 商魂逞しいとでも言うべきか、精霊の名前でメシは食えないということをよくしっていると言うべきか。


 街の随所には無料で楽しめる足湯であったり、宿によっては混浴温泉、大浴場、家族風呂などなど。


 中には精霊を模した衣装に身を包んだ美女が背中を流してくれるなんてサービスがある温泉すらある。もちろん、フォウルは利用を禁じられていたが。


 特別な効果、街の人間が言うような加護がある訳では無いが、湯船に身体を沈めるという文化はこの街が発祥で、勇者アリサのお気に入り。


「楽しむためにも……そろそろ、現れていると思うんだが」


 そんなアリサと混浴温泉でいちゃこらするためにもと、街の入口をくぐることなく、フォウルは精霊の森と呼ばれる場所を目指す。


「マスカレイド」


 なんのためにこの容姿へと設定したのか。

 一部想定外であったが、あのエロ精霊であれば食いついてくるはず。


「俺を、フォウを選んでくれないと困るぜ? クリエラ」


 そう、かつて謳われた勇者アリサが生まれた場所へと。


 アリサを勇者にした、大元凶の姿を求めて。

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