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第45話「バカな願い」

 話はついた。

 フォウルとしては後味が良いとは言えない結末ではあるが、大団円と言えるだろう。


 シスターたちの手続きは早かった。

 あの場を逃げ出した神父はそのまま行方をくらまし、修道院長であったシスターがそのまま新たな神父が来るまでの間教会を管理することになったし、孤児院の子供たちも居なくなる。


 平たく言えば障害が無かったからだ。


 シスター達は幾分か気分を害してはいるが、これから来ると信じている安寧の日々を喜んでいる。


 もっとも、そんな日々は僅かでしかないだろう。

 新たな発散先を見つけるか、コトが露見してルクトリア教会に監査の手が入るのが先かはわからないが。

 少なくとも、明るい未来には繋がらない。それこそ、シスターたちの人格に矯正でも入らなければ。


 元々カッシュが所有していた馬車が新調され二回り大きくなり、車を曳く馬も一頭増えた。

 流石子供の順応性というべきか、背後から聞こえる子供たちの声に陰りはない。


 御者をするはカッシュと、ララーナ。

 フォウはこれからのことを改めて話すため、カッシュの隣に座っている。


「浮かない顔ですね」


「まぁ、そうですね」


 浮かない顔と言われた表情をしていることをフォウは自覚していた。


 後味は確かに悪かったが、これは自業自得でもあることを知っている。

 初めての歴史改変とでも言うのか、知る未来を回避するために動いた結果としての今に満足はしているが。


「戒めにすべきだなと」


「戒め、ですか」


 もっと上手く出来たとは言わない。

 ある意味、こうまで迷走したからこそ、自分を除いた大団円と言える結末にたどり着けたことはわかっている。


 だが、傍らにアリサが居ない状態でこれなのだ。

 今後のプランはいくつも頭に浮かんでいるが、このままでは新婚旅行に興じるなんて難しいと。

 何かを為す度にこんな顔をするようでは、アリサに心配をかけてしまうだけだと。


 アリサが幸せにして欲しいと望んでいることは確かだが、それと同じか以上にフォウルを幸せにしたいと願っているのだから。


 フォウル一人が犠牲になる、一人が嫌な思いのままでいることを、許さないだろう。


「私にお手伝いできることは?」


「ありがとうございます。ですが……」


「そう、ですか」


 これからカッシュは忙しくなる。

 孤児院が出来上がり、ある程度落ち着きを見せれば再び世界にいるだろうハーフを探す旅にも出るだろう。


 フォウルはむしろその旅を応援したいと思っているし、何よりシズの願いである魔族と人間が仲良く暮らすことができる未来のためにはその活動が不可欠とも言える。


「やれやれ、こうして気遣いされたままでいる自分が情けないです」


「気遣いをしているわけではないですよ、あくまでも利害の一致。カッシュさんが自分に課している使命を果たすことが、こちらにとっての利でもあるというだけです」


「ええ、わかっております。その分……結婚式は盛大に執り行いますので」


「期待しています」


 何にせよ、いつまでも反省している場合ではないとフォウは大きく深呼吸をした。


 これから、シズに別れを告げなければならないのだからと。




「フォウさんっ! ふぉう、さあぁぁんっ!」


「おわ、っと……もう身体は大丈夫、なようですね」


 フォウルであればアリサに、フォウであればシズに。


 ハフストに戻ってくる度に毎回誰かに抱きつかれている気がするのは気のせいじゃないだろう、飛び込んできたシズを受け止めながら、困り顔でフォウは頬を掻いた。


「あ、あたし、あたしぃ……!」


「良いんですよ、カッシュさんから話は聞きました。わたしはシズさんの願いを応援します」


「はい……はい、はいっ! ありがとう、ございます!」


 フォウの胸元から顔を上げて眩しい笑顔を浮かべるシズだ。


 笑顔に込められた意味は多くある。

 この僅かな間に、今までの辛いことを帳消しにするかのように嬉しいことが降り注いできた。


 それは全て、フォウがきっかけを与えてくれたからこそだと、シズは思っている。


 だから。


「そ、それでっ! ですね! ふぉ、フォウさんっ!」


「はい」


「よ、よかったら……じゃ、なくて、その! あ、あたしと一緒に! これからも!」


 そう望まれることはわかっていた。


「シズさん」


「は、はいっ!」


 当然受け入れてくれる、なんてシズは思っていない。


 だが、願いを叶えられたその時、隣にフォウが居てくれたら。

 それは何よりも嬉しいことで幸せなことだからと。


「一つ、謝らなければならないことがあります」


「……謝らなければ、ならないこと?」


 もしもここでフォウがフォウルであることを言えたのなら。


 そんな考えが一瞬頭に過るフォウルだったが、当然明かすことは出来ない。


「わたしはこれから……世界を旅しようと思っています。だから、一緒には居られません」


「た、び……?」


「はい。シズさんと同じように、わたしも願いが一つあります。神の御業こそがと思っていましたが、アテが外れてしまいましたから」


「……それ、は?」


 これからも一緒には居られない、秘密を抱えたまま別れることになって申し訳ない。


 多くの意味を込めて、フォウルは。


「世界平和です」


 シズの目をまっすぐに見て、バカバカしい願いを口にした。

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