バタン、と。
「っ!?」
ルクトリア教会の扉が大きな音を立てて開かれた。
「失礼します」
「ふぉ、フォウ、さん?」
目を丸くしたのはシスターたちだ。
現れたフォウは表情こそ落ち着いたものだが、誰が見てもわかるほどに怒りを纏っている。
奥にいた司祭は危機管理がなっているのか、それとも単に根性なしなのか。
いずれにせよ、何にせよ、教会を管理する司祭とは言えないだろう責任から逃れるようにその場から離れた。
「ど、どうされましたか?」
「どう? ですか……?」
そこで初めてフォウの眉が中央に寄り、怒っていることが表に示された。
同時に、シスターたちはその生き方から察した。
「シズさんの件です」
やっぱり、と。
フォウが孤児院で働きながらアンデッド処理の仕事を請け負っていたことは知っている。
どの様な仕事に向かってもその日の内に一度は孤児院に戻ってきていたことも。
だからこそ、長く孤児院を離れている事実が、各々のもしかしたらという予感が的中したことを教えてくれた。
「……あなた達は本当に、神の道を歩む女なのですか?」
「それは、どういう?」
予感が的中したということは、シズはあの男の毒牙にかかった、あるいはアンデッド処理に失敗したということだろうと。
知らぬ存ぜぬは通用しないだろうが、少なくともこの場を我慢して乗り越えさえすれば、安穏が待っている。
そこまで考えたシスターたちは、フォウの気が済むまで好きに喋らせようと腹をくくった。
「とぼけるつもりですか!? 何故あんな危険なアンデッド処理をシズさん一人に任せたのかという話です!!」
当然、フォウルはシスターたちが行き着いた思考を見抜いている。
どれだけ真実を追求し、シスターたちを糾弾しようが、のらりくらりと回避しているつもりでいるだろうと。
「シスター・シズは少なくともこの場にいる誰よりも強い。強いシスターを危険な墓地へ向かわせるのは当たり前のことでは?」
「あ、あなたは――っ!!」
つまるところ、この場でのやり取りに大きな意味はない。
表にこそ現れておらず繋がっていないが、根の部分でお互いの利害は一致しているのだ。
フォウルはシズと孤児院の子供たちをルクトリアから離れさせたい。
シスターたちはシズをルクトリアから排除したい。その過程で多少痛い目にあってくれたら万々歳。
多少無理やりな話筋であっても、その部分が揺らがない以上、お互いにとって都合が良い話に帰着するのは自明の理であった。
だが。
「――いえ、所詮売女は修道服を着ようが売女でしたね」
「……あ?」
今フォウは、フォウルであれば絶対口にしないだろうセリフを口にした。
「シズさんと違って、心も身体も穢れた女たちに何を言っても無駄だと、思い直したのですよ」
「おま、えぇっ!」
だからフォウルは心を痛めながら口を開いた。
最早シスター・フォウという存在は必要ないのだ。
これを機に、修道服を脱ぎ去り、新たな偽装身分を手に入れやすい状態に戻らなければならない。
「お前だって! 司祭に迫ったじゃねぇか!! あたしらが知らないとでも思ったのかい!?」
「まさか。だからお互い様だと言いたいのです」
「あぁっ!?」
この世に神がいて、後ろ暗いことをする者を罰するというのなら、このシスターたちだけではなく自分も罰されて然るべきだと考えていた。
むしろ罪の過多を言うのならば、この状態に誘導した自分こそが誰よりも罪深いと思っている。
「わたし達は同類。それだけに、これからどうすればあなた方を貶めることができるのかなんて簡単な話。それこそ司祭を誘惑して骨抜きにしてしまえば、あなた方はまた路頭に迷う」
「っ!」
「生憎残念ながら。この場にいる誰よりもわたしは、魅力的でしょうから」
「ギ……こんの、アバズレ、がぁ……」
ならば最後まで。
修道服を脱ぎ去るまでは、とことん罪な女を演じようとフォウルは肚に力を込めた。
「試してみますか? 同時に司祭へと迫りましょうか? わたしは、一向に構いませんよ?」
「ち、ぃ……!」
何故シズを排他しようとしていたのか。
平たく言えば女としての魅力で負けている自覚があったからで、それはフォウに対してもそうだ。
「そこで提案があります」
「提、案?」
「孤児院の子供たちを預かりたい」
「は、ぁ?」
急に何をとシスターたちは訝しむ。
女としての魅力がどうして子供に繋がるのかと。
「子供たちは慈しまれるべきだ。あなた達にその感情がないとまでは言いません。しかし、心清らかに子供を想える人に守護されるべきだと思っています」
「……」
同じ理屈で言うのなら、フォウにさえ子供たちを守護する資格はないとも言えるが。
「ですので子供たちが困らない程度の金銭を用意してください。そうですね、わたしとの手切れ金と思っていただいて結構です」
「……ふん、なるほどね」
金の話が出て、シスターたちの顔に理解が浮かんだ。
要するに、シズのことをネタに教会から金を強請りたいのだと。
「いくらだ」
「そうですね、わたしがアンデッド処理依頼で納めた教会の取り分を全額でいいでしょう」
アンデッド処理をした本人に半分、斡旋している組織に半分が報酬の取り分。
その教会が持っていった分を寄越せと。
「良いだろう。だが、約束は守りなよ? これは、手切れ金だ」
「無論のことです」
金庫番らしきシスターの一人が奥へと消えていくのを見送ったフォウは。
――これでいい。シスター・フォウは、金に汚く聖女なんかには程遠い人間であると、これで示せたはずだ。
冷たい視線が突き刺さる中、反省と共に安堵の息を吐いた。