「ここが」
「ええ。ようこそ、と言うには拠点を持たぬ放浪者が言う言葉ではありませんが。歓迎いたしますよ」
カッシュの案内でフォウルは魔族のハーフたちが待っているというキャンプへとやって来た。
「先生っ!」
「カッシュ! おかえりっ!」
「おお、っと……はい、ただいま戻りましたよ」
キャンプには大きめの馬車が二台、何処にいたのやらわらわらとカッシュの声を聞きつけて子供たちが現れる。
「おかえりなさい、カッシュ先生……えぇと、そちらの、方は?」
「こちらの方はフォウ・アリステラさん、ルクトリアのシスターさんですよ。私の、そして皆さんの恩人と言える方です」
「恩人……?」
子供たちから少し遅れて現れたのは魔族の証である長い耳を持つ隻眼の女性。
「わ、わわっ」
フォウの姿が意識に入っていなかったのか、フォウに気づいた子供たちがカッシュと女性の後ろに姿を隠した。
思わず笑顔を浮かべてしまったフォウだった、この程度で済むなら十分だろうと。
ここにいるハーフたちは人間から迫害を受けてきた存在だ。
それがたかが怯えられるで済んでいるのなら、確かにカッシュは子供たちを癒やしたのだろう。
「フォウ・アリステラと申します。恩人とは少し仰々しいですね、わたしはカッシュさんのやりたいことを少しお手伝いをしただけです」
「話がいまいち見えないのですが、その、私はララーナと言います。魔族との混血で、見ての通り魔族に寄った外見をしているのですが……」
憎しみとでも言うのか、魔族への忌避感も見せず穏やかに微笑むフォウに少したじろぐララーナと名乗った女性。
それも仕方ないだろう、彼女とて迫害を受けてきた身だ。
人間が自分の容姿を見た時にする反応は、痛みとともに刻まれている。
だからこそ、そういった反応を見せないフォウへと怯えが先にやってきた。
すなわち。
「ご安心を。カッシュさんを脅してここの場所を吐かせただとか、そういったことはしていませんし。皆さんを害するつもりはありません」
「そう、ですか……」
信じきれないのは確かだが、少しだけ安心したように胸をなでおろしたララーナ。
「皆も。えぇと……お姉ちゃんは皆に乱暴しにきたわけじゃないし、カッシュさんにもこのララーナさんにも、悪いことはしないよ。よろしくね」
「……う、ん」
未だカッシュとララーナの足元に隠れようとする子供たちの前でしゃがみ、視線を合わせて挨拶をするフォウ。
まだまだ警戒の色は抜けきらないが、どうやら多少なりとも普通には話せるだろうとフォウは笑った。
「ここにいる子供……あぁ、ララーナさんは子供とは言えませんが。カッシュさんが集めたハーフたちはこれで全員ですか?」
「ええ」
フォウが見渡し数えてみれば18人のハーフがこの場所にいた。
少ないとも、多いとも言えない数だ。
ただ、カッシュの顔を見るに本当はもっと多くこの場にいても良かったのかも知れないとフォウは思う。
「お気遣い頂き感謝致しますよ。ですが……ええ、個人で動くのはやはり限界がある。いや、我が身の力が足りないことをよく思い知ります」
「そんなっ! カッシュ先生は何も悪くないですっ!」
込み入った事情というやつだろう。
踏み込んではいけないというよりは、踏み込みたくないと思ってしまうような、昏い事情。
ただ、そんな中であってもカッシュは確かにこの場にいる全員から慕われていることは十分にフォウへと伝わってきた。
「ところで」
「はい」
「ララーナさんは、カッシュさんの奥様でいらっしゃる?」
「ひゃいっ!?」
興味が無いわけではないし、今後一緒に生活を送る以上知らなくてはいけないとはわかっているフォウだったが、まずは打ち解けるためにもとララーナへ水を向けてみれば、瞬間沸騰でもしたかのように顔を赤らめた。
「あ、ララ姉ぇ真っ赤」
「まっか! まっか!」
「なななにゃ!? 何言ってるんですか!? せ、せんせいとは! その! 何も!」
「無いから困ってるとか?」
「~~っ!! し、しりましぇん!!」
鈍感クソ賢者が珍しく鋭いと思えばこれである。
ぷいっとそっぽを向いたララーナから視線をカッシュへと移して。
「……そんな目を向けないでください」
「どんな目です?」
「お幸せにとでも言いたげな目です」
「わかってるじゃないですか」
この分なら。
あの村で落ち着いた生活を送ることができるようになって、魔王の問題が解決した頃には口にできるかも知れないなんてフォウルは思う。
「じゃ、アリサとの結婚式はちゃんと見ておいてくださいね?」
「はぁ……えぇ、参考にさせて頂きますよ」
「せせっ!? せんしぇ!?」
仲良きことは美しきかな。
場にあった緊張感が別の意味で緊張しだしたことを感じたフォウルは。
「後は二人でごゆっくり。なんて言いたい所ですが、わたしもそこまで時間が無いもので」
「ひゃいっ!? あっ! う、あ……ご、ごめんなさい。え、えぇと。詳しいお話を、伺っても?」
言いながらララーナはちらりとカッシュへと視線を向けて。
「ええ、ララーナ。フォウさんは私のお手伝いを少しと言っていましたがとんでもない。私達に、居場所を作ってくれたのです」
「居場所……?」
カッシュは、ハーフたちへ向けて、穏やかに話し始めた。