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第39話「でれでれアリサ」

「フォウルッ! おかえりっ!」


「おっとー……ただいま、アリサ」


 出来なかった分を今。

 アリサは帰ってきたフォウルの背に誰もいないことを確かめた上で駆け出し飛び込んだ。


 アリサってこんなキャラだっけか。

 そんなことを思いながらも嬉しいことには変わらずしっかりと受け止め抱きしめるフォウル。


「えへへー」


「えらく上機嫌だな? 何かいいことあったか?」


「フォウルが帰ってきたもん!」


 そのまますりすりとフォウルの胸板に頬をこすりつけるアリサはまるで感情値の振り切れた猫か犬のようで。


 実際のところ、アリサはまぁ我慢していた。

 村の習わしとは言え、婚約者がすぐに村を出なければならないことに不満を感じていた。


 あるいは、使命感や正義感に燃えないで済んでいる分の全てがフォウルに向けられ注がれているせいとも言う。


「それに、フォウルもなんだか嬉しそう」


 フォウル成分をしっかり補給しきったのか、腕の中から顔を見上げてにぱりと笑うアリサである。


 ――あ、くそ。こいつ可愛すぎる。


「あ、あー……まぁこうやって可愛いお嫁さんが迎えに来てくれたら誰だって嬉しいもんだよ」


「うぅっ!? そ、そういうことじゃなくて! う、嬉しいけども! それだけじゃないでしょ! 遠くから見ても機嫌良さそうだったよ!」


 村の僅かにいる若い衆が早くもお腹いっぱいですと顔を背けた。

 小さな子供たちの目は良識か常識ある大人の手によって塞がれていたし、老人たちは多少若返りでもしたのかニヤニヤしている。


「そ、そうか。でもまぁ正解だよ、色々目処が立ったもんでな。とりあえず村長のところに行こうと思ってるんだけど、一緒に来るか?」


「うんっ!」


 人の形をした有害図書扱いされてようやくフォウルは周りの視線に気づいた。気づきはしたがまぁいいかと捨て置いた。


 気づいていないアリサはそのままフォウルの腕に絡みつき、鼻歌交じりに歩調を合わせる。

 でれでれアリサも良いところではあるが、今アリサの持つ感情はフォウル一色だった。


 重ねて言うが、アリサという女は真っ直ぐな人間である。

 ルクトリアの教会や孤児院のことを断片的に知っただけで思わず座っていたイスからお尻を浮かしてしまうほどに正義感が強い。


 人に頼られれば基本的に断らないし、絵に描いた様な勇者様と言えるだろう。

 仮にフォウルや仲間の存在がいなければ、あっという間に良いように扱われ潰れてしまうような。


「アリサ」


「なぁに?」


「ほら」


「あ……えへへっ!」


 絡みつかれていた腕をそっと解き、フォウルはアリサの腰を抱いた。

 一瞬寂しそうな表情を浮かべたアリサが、顔を綻ばせよりフォウルへと密着する。


「……歩きにくいな」


「嫌?」


「嫌じゃない」


「私もー」


 かつてならこんなことやらなかったし、出来なかっただろうな。

 そんな風にフォウルはぼんやり考えるが、アリサがこうなったのはフォウルのせいと言える。


 危ないというより、危うい真っ直ぐさがあることを知っているから、溺愛と過保護を足して割ったように守ってしまったから。


「……新婚旅行では、そこらへん気をつけないとな」


「うん? どうしたの?」


「なんでもないよ」


「そう? 何かあったら言ってね!」


 勇者アリサは何度も心を痛め学んだ。

 しかし今のアリサはただフォウルのことが大好きな女の子。


 シズにしてしまったような失敗はしないと心に決めて、村長の家へと歩を進めた。




「まぁ、色々言いたいことはあるのじゃが……流石フォウルじゃなと」


「ありがとうございます」


 村長に向けてフォウルが差し出したのは金貨の山。


 村の男が一年かけて外で稼ぐだろう額の金をフォウルはおよそ一ヶ月で稼いできた。


「じゃが、はっきり言って結婚式を挙げても余ってしまうぞ? どうやって使い切ったものやらと頭を抱えてしまう」


「それなんですが、村長」


「うむ?」


「まだもう少し稼いでくるので、それはここに孤児院を建てるのに使ってもらえませんか?」


 フォウルが言った言葉に目を丸くする村長だ。

 しばらく固まって、フォウルの隣にいるアリサへと目を向けるが。


「私に、文句はありません」


 穏やかに、僅かに笑みすら浮かべてアリサは頷いた。


 村長の家に来るまででフォウルから話は聞いている。

 聞いたときから文句はなかった、それどころかアリサは素敵だと喜んだ。


 嬉しかったのだ。

 孤児院の子供たちをなんとかしてやりたいと自分も思っていただけに、なんとかしてくれたフォウルのことを誇らしくも思った。


「そうか。アリサがそういうのならそうしよう。何、一ヶ月でこれだけ稼げるフォウルなら、式の費用もすぐじゃろうしの」


「ありがとうございます、村長」


「して? 孤児院を建てるということは、子供たちは来ると?」


「現段階で十中八九」


 フォウルらしからぬことの進め方だと村長は目を細めるが。


「改めて調べれば孤児院は国か聖職者に認められたもののほうがお得なようでして。信頼できる神父さんを見つけました、後はシズさんとその方の話し合い次第です」


「そういうことか。わかった、ならばその話し合いが終わり次第動けるように計らっておこう」


 すぐに納得し頷いた。


「シズさんはそろそろ……明日にでも目を覚まされるでしょう。神父さんを明日連れてくるので、よろしくお願い致します」


「うむ。フォウルが信頼できるといったお方じゃ、失礼のないようにと村のものにも言っておく」

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