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第38話「月下の邂逅」

 ルクトリア外れの水車小屋。


 少し前までは恋人たちが一時の逢瀬を楽しむ場所として使われていたものだが、小屋の老朽化に伴い今や月明かりが冷たい夜風と共に差し込み、とても使えなくなった。


「不審者に指定される場所としては、些かロマンティックが過ぎるのではないでしょうか?」


「ええ、わたしながら間違ってしまったと思っているところです」


 そんな小屋の中で。

 ヒトの皮を被った魔族と、女の皮を被った男は顔を合わせた。


「こんばんは、いい夜ですね」


「こんばんは、いい風ですね」


 互いに笑顔を浮かべているが、細目の男は警戒を纏っている。


 当たり前だ、口にした通り彼にとって目の前の女は不審者に他ならない。

 男の声で待ち合わせを指定されたというのに、いざ覚悟を決めて赴けば美しいと言っていい女が居たのだ。


 ハニートラップを仕掛けたつもりなら失笑に過ぎないが、細目の男がわざわざ魔力を探るまでもなく強力なものを宿らせている相手。

 そんなものに頼る必要は欠片もなく、力で無理やり言うことを聞かされてしまうだろうと。


「そう警戒しないで下さい。わたしとしては人間で唯一……かも知れない、魔族に対して友好的でありたいと願っている存在のつもりです」


「真に友好的であるなら、警戒を解けないと理解頂けているはずですが」


「ごもっともですね。では、これでどうでしょう? 魔封じマジック・ロック


「な――」


 驚くのも無理はない。

 自分より強いと確信できた相手が、これならいざという時にわたしを殺せるでしょうと、自分自身に魔封じを施したのだ。


「足りなければ腕でも折りましょうか? それとも脚を?」


「流石に……麗しき女性の痛々しい姿は、ご遠慮願いたいですね」


 口元を引きつらせながら男は言った。


 ここまでされて、ならば逆に腕尽くで等と考え実行するようなモノではなかったから。


「では改めて。ルクトリアでシスターを勤めていますフォウ・アリステラと申します。光栄、とはいいませんが、会えて嬉しいですよ」


 フォウが何の遠慮も、躊躇いもなく差し出した手に一瞬身体を強張らせた後。


「……カッシュと申します。隠す理由と意味がなさそうなので、お察しの通りの魔族です」


 深呼吸をして、手を重ねた。




「まず重ねて申し上げますが。わたしに魔族に対する嫌悪感や敵愾心はありません。こちらに来て頂いたのは、本当にお話をするためです」


「どうやら、そのようです。しかし……」


 姿勢から、雰囲気から。

 フォウが口にした通りここで戦うだとか、自分をどうにかするといった意思が感じられないことは確かだ。


 そしてだからこそ、何故という疑問が浮かぶ。


「魔族と人間は相容れない。そうと決まっているのに、ですか?」


「ええ」


「本当にそうなのであれば、カッシュさんはどうしてわたしに攻撃しないのですか?」


「っ……なる、ほど。申し訳ありません、どうにも、初めてなもので」


 まともに、人間と会話できるのはと。


 その通り魔族と人間は相容れない。


「一応、わたしはそうだと人間が一方的に定めたのだと、知っているつもりです」


 そうだと、過去の人間が定めた。


「……あなたは」


「フォウです」


「フォウ、殿は……いや、聞いても詮無いことなのでしょう。今は、人間と、魔族としてまともに会話できることを喜ぶことにします」


 聞けばフォウは答えるだろう、出会って間もない相手ではあるが、それこそ懇切丁寧に納得がゆくまで説明してくれるという確信があった。


 だが同時に、どうやっても納得や理解が及ぶものではないだろうとも確信していた。


 故に、言葉通り初めての会話に興じる選択を掴んだ。


「ありがとうございます。では、単刀直入に。何故あの孤児院に?」


「先に申しておきますが――」


「あぁ、あの子供たちをどうにかしようと考えてなどいないことはわかりますからご安心を」


「た、はは……まるで、魔王様を相手にしているかのような気分ですよ」


 厚い信頼を向けられていることをカッシュは実感した。

 仮に目の前にいる女が魔王の生まれ変わりであると言われても、信じてしまうかも知れない程に。


 この場で会ったときから浮かべていた柔和な笑顔、その目が質問の答えをどうぞと優しく促してくる。


「シズ・エラントーシャを、身請けしたいと考えております」


「身請け……」


「はい。私は今、魔族の血をその身体に宿している方たちを引き取るべく世界を旅しています。全ては、虐げられているだろう同胞を救うために」


 細い目の奥で瞳が真実だと語っていた。


 フォウルがカッシュの言葉にも、想いにも偽りがないと判断できるほどに。


「同胞……? ということは、あなたもハーフであると?」


「いいえ、私は純血の魔族です」


「なるほど。人間と違って懐が深いようで。ならば、近く復活するだろう魔王の戦力とするためでしょうか?」


「っ!? あ、あなたは何処まで知って――いえ、失礼しました。戦力とするためとも言えますし、そうじゃないとも言えます。全ては、選んで頂くためです。魔族として生きるか、人間と生きるかを。私は、戦闘能力こそ頼りないものですが、混血を奪う特性を持っていましてね」


 特性。

 魔族が魔力を使用せずとも発現できる特技のようなもの。


 当然フォウルは魔族一人に一つ、特殊能力とも呼べるそんな力を持っていることは知っている。


「魔族として生きるなら共に。人間として生きるなら?」


「安全な場所へと、あるいは望む場所へとお連れします。どの道、未来で死ぬことになるのですし、その場で生命を奪ったりはしませんよ」


 魔族らしいといえば魔族らしい物言いだとフォウルは肩を竦めた。


 それだけに、言っていることに偽りがないだろうとも。


「なるほど、わかりました」


「……いや、はや。ここまで言っても動じないとは」


 すんなり受け入れたフォウへとカッシュは目を丸くする。

 多くの知られようがない話をしたはずだ。


 魔王の復活にしても、いずれ人間と魔族が戦うことになるだろうということにしても。


 まるで、確定している未来、事実かのように。


「では、条件がありますが。シズと話し合いの場を設けましょう」


「ほう? それは願ってもないことです。それで、条件とは?」


「それは――」


 驚くカッシュを前に、変わらない笑顔のままフォウは口を開いた。

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