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第30話「神でも仲間でもなく」

「は、は、は……はぁ……」


 フォウルの目の前で焦げ付いた死体が、黒い雨によって浄化されていく。

 両手を膝について、荒い呼吸を整えながら地面のシミに変わっていくデュラハンの姿を眺めながら。


「こりゃ、予想外……」


 フォウルは小さく呟いた。


 劣勢に追いやられたことで、マスカレイドを解除して全力で戦うか、それともとっておきを披露するかの決断に迫られていた時に降り始めた黒い雨。


「魔女、シズ、かぁ……」


 聖女シズの奥義にて得意魔法、レイニーブレスは白い雨だった。

 それこそ聖女の名前に相応しい幻想的な光景は今もフォウルの頭に焼き付いている。


 ところがどうだ、このあまりにも不気味な雨は。

 地面に溜まった黒い水たまりを見ていると吸い込まれてしまいそうで、頬を伝う雫からはまるきり神聖さの欠片も感じない。


 それでも。


「やっぱ、ホンモノは違うや」


 心で白旗を振った。

 振ったと同時に仰向けで地面に寝転んだ。


 結局。

 頼もしく愛おしいかつての仲間は、いつ出会ってもそうだという話だった。


 どうして自分がやらなければなんて思ってしまったのか。

 思い上がりをつい最近反省したばかりだったが、今は身体に降り注ぐ雨が教えてくれた。


「ふぉ、フォウ、さんっ!!」


 足跡がフォウへと近づく。

 相手が誰かなんてわかっている、今この付近にいる人間はフォウとシズしか居ないこともあるがなにより。


「やっぱり、シズさんは凄いな」


「フォウさ――え、えぇっ!?」


 記憶にあるシズと、同じだったから。


 自信なんて無い、だがそれ以上の意思の力で自分を支える。


 そんなシズと、同じ声。


「無理したんでしょう? 魔力暴走、無理やり抑え込んだでしょう? 服、血塗れだし、黒い雨と混ざって凄いことになってますよ」


「あ、う、そ、その、これは、違うくて」


「違うも何も無いでしょうに。助かりました、おかげで命拾いしましたよ」


「あぅ……」


 満足そうに微笑むフォウへとシズは何も言えなくなった。


 フォウルは心底満足していた。


 アリサと幸せな生活を。

 そして、かつての仲間たちは己の幸せに殉じて欲しい。


 そのためにはどうしよう、自分はどうすればいいのだろう。

 そんな不安が、正義感や義務感の裏側にあったことを思い知って、知ったと同時に解決されたのだから。


「シズさん」


「は、はいっ!」


 だから。


「ありがとう」


「あ――」


 気だるい身体、動きたくない、動かしたくない腕を。

 心配そうに自分を見つめるシズの頬へと伸ばした。


「言うのが遅くなりましたが、わたしは神様なんかじゃない。人間です、人間でありたい。じゃないと、あなたと友達に、なれませんから」


 仲間でもなく、同じ使命を掲げる同志でもなく。


 ただの、友達に。


「――はいっ!」




 この地域を管理していた墓守の姿は何処にもなかった。


「まぁ、気持ちは理解できるけど」


 空き家となっていた墓守が使っていただろう家屋。

 浄化作業前にも立ち寄っていたが、今と同じく誰かが住んでいる気配はない。


「どういう、ことですか?」


「デュラハンなんて発生させてしまいましたからね。それだけではなく、リビングデッドが6体……管理者としての責任を問われて仕方ない有様と言えるでしょう。良くて禁固系、最悪死罪を言い渡されても仕方ない怠慢です。逃げてしまう気持ちもわかります」


「し、しざいっ!?」


「とは言え、この辺りの地形的な問題もありますし、依頼を誰も受注しなかった期間が長かったという可能性もあります。情状酌量の余地は十分にあるでしょうが」


 なんでも無いこと、というよりよくあることと、まるっきり興味ない様子で、完了印を探すフォウ。


「詳しい、のですね」


「詳しいと言えるほどじゃないですよ。あ、これかな? 見つかって良かった」


 確かに正確に言うなら詳しいという言葉を使うべきではないだろう。


 言ってしまえば賢者フォウルの感性は極めて世紀末に準じている。

 依頼を受けて向かった先の墓地ではアンデッドが蔓延り、依頼を出しただろう人間も群れの仲間入りしている場合の方が多かった。


 むしろ、以前受けた依頼で完了印を誰かに押してもらったことなんて片手で数えられる位の経験しかない。


 何の感慨も示さず、家探しを終えて満足げな表情を浮かべるフォウへと苦笑いしてしまうシズだ。

 初めて出来た友達は、とても素晴らしい人に違いはないけれど、とっても物騒でもあるらしいと。


「あるいは、あたしとは違う世界に生きてたとか?」


「違う世界がどうしました?」


「ひゃうっ!? なな、何でもありませんっ!?」


 ひょっこりとシズの視界に割り込んできたフォウへと驚きの声を一つあげ、勢いよく後ずさってしまうシズ。


 もうフォウのことを神だなんだと変に考えてしまうことはないだろうが、それでも彼女の異常性というべき点は気になるもので。


「そうですか? それよりも、幸い水とかは生きているみたいなので少し休みましょう。お話したいことも、ありますから」


「あ、はい……っと、お話、ですか?」


「ええ。ルクトリアに戻ってからの、お話です」


 フォウの少し緊張感を含んだ声色に、首を傾げながらもシズは頷いた。

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