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第29話「魔女、シズ」

 その戦いは、シスターという聖職者がする戦闘ではなかった。


「ははっ! やぁっぱいい抵抗力してんなぁっ! アンデッドが火に強くなったらどうしろってんだよっ!」


「グゥオオッ!!」


 一言、泥臭い。


 シズから見たフォウとデュラハンの戦いに、決して神はいなかった。


「とりあえず吹っ飛んどくかっ!? 風圧撃エア・プレッシャー!!」


「グ――オオォォオッ!?」


 風圧の塊をぶつけられたデュラハンが大きく吹き飛び、木に張り付けられた。


 アンデッドを浄化するには聖者の祝福を。

 アンデッドを滅するには火属性の魔法を。


 セオリーではあるが、中には例外もいる。

 その例外の内にいるデュラハンは、騎士の名の通り鎧のような何かを装備しているアンデッドだ。

 アンデッドの弱点である祝福や、火属性への耐性をもつ鎧を着込み、壊すか、あるいは別の手段で消滅させるかを強いられる相手。


「やっぱそんなダメージないよなぁっ! それでこそいい練習相手になるってもんだ! サビが取れるよっ!」


「ガアァァアッ!!」


 元々、フォウルは常に冷静沈着を保つような性格だったわけではない。

 パーティの中で精神的支柱だと理解していたが故に、慌てふためく姿を見せないよう努力して身につけたものだ。


 頭に血が上ったのか、それとも今の自分で相手にするべきではない相手を前に、演技をする余裕がないのか。


 フォウの身でありながら、完全にフォウルとしての戦闘を繰り広げている。


「すご――」


 自分の役割とされた、下級アンデッドたちの処理を忘れてその光景に魅入ってしまうシズ。


 幸いと言うべきなのは、この距離ではフォウルの声が聞こえなかったことだろう。


 新たに築き上げられたシズの中になるフォウ像が再び崩れ落ちることを回避できたと言っていい。


「あの、方は……何者、なの?」


 シスターに過去の話は禁句だ。

 シズ自身、聞かれてもその時ばかりはごめんなさいと言って逃げ出すだろう、私が悪いとも言わずに。


 それでも、そうだと分かっていても知りたくて仕方なかった。


「づっ――てぇなぁっ! いいからこっち来んな! 火炎壁ファイア・ウォール!!」


「グガッ――」


 人智を超えているとは、思えない。


 神のように、超越した何かだと、断じることが出来ない。


「まだだっ! 複合を味わったことはまだ・・無いだろう!? 竜巻トルネード火炎嵐フレイム・ストーム!!」


「ガ――!?」


 積み重ねだ。

 気が遠くなるほど修練を積み重ねた先にある力だ。


 わかる。

 わかりたくないのに、シズはわかった。


「あの人は、何処までも、人として、強く、なった」


 特別な人だと思った、自分を救ってくれる神だと思った。


 そんな思いは今も胸に強くある。


 だが。


「あたし、は……っ!!」


 そう思ったことを恥ずかしく思った。


 逃げて、避けて、安全なところばかりに潜り込み続けた。

 魔女である事実から、魔力をコントロール出来ない自分から。


 自分が悪いという言葉を、都合よく解釈した。


 そうだとも。


「あたしが、悪い……っ!!」


 今はじめてシズは今までの自分を呪った。

 本当の意味で、自分の愚かさを悪だと断じた。


 自分から逃げないでいたのなら、あの域に到達していたかもしれないのだ。


 誰かを傷つけても、誰かに恨まれても。

 いつか誰かを助けることが出来たのかもしれないのだ、自分を自分で救えたかもしれないのだ。


「ガアアァァッ!!」


「あーったく!! 複合でもそれっぽっちかよ!! もっと魔物かアンデッド倒しておきゃ良かったなぁっ!!」


 フォウが劣勢に追い込まれつつある。

 足りない魔力をやりくりして、まだこの世界に確立されていない魔法技術、複合を披露しても。


 決定打には届かない。


「――主よ、我が祈りを、聞き届けたまえ――」


 そう理解した瞬間。


「哀れな子羊たちを、彷徨える魂を、やすらぎの郷へと還したまえ――」


 無意識にシズの口が祝詞を紡いだ。


 紡がれた言霊にシズの魔力が反応する。

 魔女の魔力だ、魔族の血が混ざっていることがわかる黒い光粒がシズの周りに現れた。


「ぐ、ぁ……み、御国を、きた、らせ……彼の者たちを、導き、たま、え――」


 コントロール出来るようになったわけじゃない、自分の魔力。


 過去の自分を呪ったところで、心がようやく前を向けたところで、急激に能力が向上するわけではない。


「かはっ――わ、我が名はシズ・エラン、トーシャ……か、神の意思を、御業を、ここにし、示す標、なり――」


 体内の魔力が暴走し内蔵を傷つけ口から血が溢れた、それでも捧げる祝詞を止めない。


 今の自分に出来ることはこれしかない。

 一度だけ聞いたことのある詠唱、浄化の魔法。


 自分なら出来るはずとは思わない。

 だが、今出来ない自分にはなりたくないと。


「れ、祝福の雨レイニー・ブレス!!」


 そんなシズの想いに応えるよう周囲に現れた黒い魔力が空へと昇った。


「っ!!」


「ガ、ァ……?」


 果たして黒い魔力は、黒い雨へと姿を変え。


「ぐぅおおおおぅぅぅ」


「あ゛ー……」


 下級アンデッドたちを浄化し。


「もら、ったぁあああっ!!」


「ガッ!?」


 デュラハンの鎧を溶かした。


 すかさずフォウルが、デュラハンの鎧に守られていた心臓部分へと短剣を突き刺し。


「ブッシュ・ファイアッ!!」


 デュラハンの体内へと直接、炎を叩き込んだ。

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