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第27話「依存と従僕」

 如何に人生二回目で、使えない魔法など無い大賢者フォウルとは言えど、知らないものは知らない。


 フォウルの知る聖女シズとは、自分に自信がない様子が伺えても芯が強く流されない人間だった。

 急ぎの旅路であっても、アンデッド処理の問題を抱えている村の噂を聞けば無理にでも寄り解決すると聞けばただの頑固者に聞こえるかも知れないが。


 何より一度死んだアリサを自分の引き換えに蘇生すると決めて、仲間の静止を振り切り実行した姿がフォウルの頭に強く残っている。


 自分よりも、アリサが生きていた方が多くの人間を救えると思ったから。


 今となって考えれば、穢れと考えていた魔女という自分の命を勇者のために捧げるということに、使命や運命のようなものを感じていたのかも知れないと、フォウルは思う。


「フォウ様、ヴォーグの血抜きが終わりました。次はどうすればよろしいでしょうか」


「え、あ、はい。ありがとうございます……えぇと、その、少し休憩されてはどうでしょう?」


「何をおっしゃいますか。我が主手ずから作業されているというのに、あたしが休む等言語道断。どうか、お導き下さい」


 血抜きに手こずったのか、修道服のあちこちをヴォーグの血で汚しつつ、無垢な瞳でシズは両手を組み懇願する。


 自分には、あなたの教えが、導きが必要なのだと。


「じゃ、じゃあ……あ、アリサさん? シズさんに皮剥のやり方、教えてもらってもよろしいですか?」


「わ、わかりました。どうぞ、こちらへ」


 そうとも、今のシズはフォウルの知らないシズである。


 深い一礼をフォウへと捧げた後、よろしくお願い致しますとアリサにも頭を下げ、従順についていく背中を見送り、改めてフォウルは頭を抱えた。


「まじ、かー……」


 フォウルは間違いなくシズの心を軽くした。

 あるいは余計なことを考える頭を無くしたとも言える。


「逃げたって、ことだよな……アレ」


 シズ自身はこの上なく救われたと感じている。

 しかし、フォウルの目から見たシズは信仰というものに逃げたと思えた。


 自分にこんな夢のようなことが起こるわけがない、ならばこれは神様が齎した奇跡だと。

 フォウを神様だと思うことで、フォウに信心を捧げることで、その恩恵として良いことが起こったということにしたいのだ。


 見方によっては、シズは完全にフォウという人間を遠ざけたとも言える。

 口調が行き過ぎなほど恭しくしっかりしたものに変化したこともそうだろう、自分と同じ人間とフォウのことを捉えることを止めた。


 どんな人間でも、やがては望む自分になれる可能性を秘めていると、信じることを止めた。


 フォウは神様だから、どんなことが出来てもおかしくない、自分とは違うのだと。


 そうだ、自分のような魔女の前に現れた、フォウが悪いのだと。

 シズは、自覚なく初めて甘えとして自分以外の誰かが悪いと思うことができた。


「どう、しよう、か」


 良い案は思い浮かばなかった。

 いっそこのままシズにとっての神として、シズを幸せに導けたのなら良かったが、生憎とルクトリア、シズの傍にずっといられるわけじゃない。


 だが今のシズは完全にフォウへと依存している。

 目の前から姿を消せば、たとえ孤児院の子供たちをほったらかしにしてでもフォウの姿を追い求めてしまうかも知れないほどに。


「上手くやれる、そう思っていたのが間違いだったな……くそ」


 年月をかけてゆっくり成長させていくしかなかったのだろう、シズの心は。


 どうして聖女と呼ばれる立場に上り詰めたのかはわからないが、階段を昇るたびに一つずつ心を強くしていったのだ、シズというシスターは。


「荒療治が、必要だ」


 遅い決断となった。


 このままいけば、どうやっても幸せには辿り着けないだろう、少なくとも自力では。


「――よし」


 元よりこのフォウという偽装身分は汚れ役。


 ならばとことんまでやってやろうじゃないかと、自らの甘さを断ち切るようにフォウルは一つ心を改めた。




「お世話になりました」


「いえ、それはもうこっちのセリフと言いますか」


 ヴォーグ解体処理も終わり、予定外の帰郷は終わりを迎える。


 一晩家を貸しただけだというのに、何倍にもなって返ってきてしまったとアリサは困ったように笑いながら頬を掻く。


「何を仰るのやら。あまりこういった村で歓迎された記憶はありませんし、温かい食事まで頂戴できて、本当に感謝しております。それこそ、ヴォーグの毛皮程度でお礼が出来たと思えないほどに」


「もう、止めてくださいって。私としては、ヴォーグを退治してくれたことより、フォウルの話が聞けたことのほうが嬉しかったですし、それがお礼だと思っていますから」


「ふふ、アリサさんはフォウルさんのことが大好きなんですね」


「はい、大好きです。だから、やっぱり私がありがとうございました、ですよ」


 穏やかに笑うアリサの顔は、本当に優しいもので。


「……では、また機会がありましたら。皆様に神の御加護があらんことを」


「ありがとうございます。道中、お気をつけて」


 早くここに帰ってこよう。


 フォウルは決意を新たに。


「では、シズ。行きますよ」


「かしこまりました」


 シズを従え・・ハフスト村を後にした。


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