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第23話「誤算と料理」

 自分フォウルの部屋へと未だに目を回しているシズを運び込み終えたフォウル。


 どうしてこうなったのかは言うまでもなく、フォウルの熱心な指導のせいだ。


 重ねて言うが、シズは過去から今までにおいて大人や同年代の人間との交流が極めて少ない。

 更に言うのなら、魔女であることを知った上で自分に好意的である近い年齢の人間とまで言えば、フォウ以外に存在しない。


 つまるところシズにとってフォウという女性は、色々な意味で初めての人間だった。


 信じたいだけで、まだ完全に信じ切っているわけではないが。

 そんなシズが人のぬくもりを知れたのは、まさしくフォウの中身が人心完全無視のクソ鈍感効率厨であったからこそだろう。


「魔力切れ、ですか?」


「はい。その、彼女は少し特殊な魔力をしていて魔法のコントロールが苦手なんです」


「それは……詳しくないのですけれど、大丈夫なのでしょうか?」


「ええ。ですが、完全に魔力を空にしてしまったようですし、目が覚めるのは明日の朝になるでしょう。改めて、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


「いえいえ、困った時はお互い様です。シスターさんに慣れていないもので、こちらこそ失礼があったらすみません」


 食事をしながら、アリサへとフォウルは事情を説明する。


 信頼より先に、フォウの好意に応えたいという好意がシズに芽生え、それを自覚した瞬間に魔法を暴発させて、シズは魔力切れで倒れた。


 膨大な魔力を有するシズだ、野営などで復調するには人よりも多くの時間を必要とする。

 一日で完全に回復するためには、ちゃんとした場所で休まなければならない。


 しかし、近辺に宿があるような街がなかった。

 村や集落こそあったが、田舎に存在するそういった場所は排他的なことが多く、少なくともフォウルの記憶にある近辺の人が住んでいる場所はそういうところしかない。


 結局、豊かな生活は出来なくとも貧しい生き方はしないなんて、例外際立つ故郷ハフストに転移の魔法でやってくるしかなかったのだ。


 自業自得も良いところだが、フォウルとしてはどうしてこうなったの一言である。


 誤算としか言いようがなかった。

 アリサに会いたい気持ちは常にあったし、郷愁の念もそれなり以上にはあった。

 だが、それでもハフストに少しでも帰ってくるのは不味いという予感があったのだ。


「あの、何処かで会ったこと……会ったりしますか?」


「えぇと、これが初対面のはずですが」


 そしてその予感は正しかった。

 そう、フォウとしてアリサに会うのは不味いという予感である。


「です、よね? ごめんなさい、変なこと言っちゃって」


「いえいえ、お気になさらず」


 謝りながらもアリサの中に生まれた違和感のようなものは拭えない。

 フォウから初対面ですよと言われても、いまいち納得できないのか首を傾げている。


 女の勘、恐るべしだ。


 もちろんアリサの頭の中でフォウルとフォウが繋がっているわけではない。

 そもそもマスカレイドという変身魔法はフォウルオリジナルで、前世においても一度しか使ったことがないし、他にそんな魔法を確認していない。

 特殊な術式を用いている分、他の誰かが使えるようになる可能性は限りなく低いと言っていいだろう。


 故に、魔法で男が女に変身するという発想は、アリサだけならず多くの人間の頭に選択肢として存在しない。

 日頃から性転換をしたいなんて願っている人間がいるのかは定かではないが、そういった者であっても魔法で解決は難しいと認識している。


「それよりもこの料理、とても美味しいですね。これはアリサ、さんが?」


「えっ!? は、はい、私が作りました。ほ、ほんとに美味しいですか?」


「えぇ。その、作り手の気持ちが伝わってくるとでも言いますか。わたしが食べてしまっても良いのかと思うくらいです」


「――ヨシッ!」


 身内以外に言われたのだ、まだ完璧じゃないことはわかっているが、ちゃんと上達しているらしいとフォウの視線憚らず、アリサはガッツポーズを決めた。


 ともかくここは逃げの一手、話を反らしてしまおう作戦である。


 もっとも、フォウルとしては俺のために頑張ってくれてるんだなぁと、本来知ることが出来なかったことを知れて嬉しい気持ちはあるし、実際あのアリサがここまで食べられる料理を作れるようになったという事実で感動もしているので嘘を言っているつもりはない。


「ごちそうさまでした」


「あ、はい、お粗末さまでした」


 ただ、美味しかったというより嬉しかったと微笑んでしまったことで、目論見は達成できなかった。


 ――なぁんか、似てるのよね。


 他人の空似なら気にしなかったが、最愛の人に似ているとなれば話は違う。

 暴きたいとは思わないが、どうにも気になって仕方がない。


「あ、あの――」


「っと、それではわたしは一度出ていきますね」


「――え?」


 そんなアリサの心理をフォウルは悟った。


 あぁこれ不味いわと、話をさっさと進めてしまうことにした。


「ここに来るまでに、いくつか荒らされていた畑を確認しています。言うまでもなく魔物、恐らくヴォーグですよね? 金銭をお礼に差し上げられたのなら良かったのですが、あまり多くお金を持ち歩いておりませんので。ヴォーグを退治して、その毛皮をお持ちしますね」


「た、退治って。その、フォウ、さんがですか?」


 大丈夫なのと、心配がありありとアリサの目に浮かんでいるが。


「もちろんです。これではわたしは、それなりなものなのですよ? ご安心下さい、夜明けまでには戻りますので、それでは」


「あ――行っちゃった」


 強引に話を打ち切り、決めつけフォウは生家を後にした。

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