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第21話「効率厨」

 やって慣れろ作戦。


 意図としては極めて単純で、魔法を使うことに抵抗を無くしましょうというものである。


 シズにとって魔法は忌避するものだ。

 魔法というよりは魔力そのものと言うべきだが、大きな違いはないだろう。


 忌避するが故に今のシズは魔力をコントロールするなんて出来ない。

 仮にマッチの火程度の火炎魔法を使うつもりであっても、そこら一帯を焼け野原にしてしまう可能性すらあるのだ。


 そしてそのことを他ならぬシズ自身が理解していた。


「むむむむっ、むりですよぅっ!? あ、あたしですよ!?」


「落ち着いて下さいって」


 苦笑いを浮かべているフォウだが、シズからすればちょっとこの辺りを破壊しましょうかと言われているに等しい。


 そんな気軽に焼け野原作ってみよっかとか言わないでくれ。


 心の中でシズはそう叫んだ。


「先も言いましたが、シズさんの体質上、今のままアンデッドを処理なんてできません。魔物を処理し、魔素を回収した瞬間、シズさんが爆発しかねません」


「ばくはつっ!?」


 割と切実な問題でもあった。

 フォウルは聖女シズが魔物から魔素を取り込んでいた光景を知っている。

 魔力量の最大値を増やすことこそ出来ないが、魔族のように魔物や人間を食すことなく、人間のように回収できるのだ。


 つまり、魔法を使わないまま、魔力が満タンな状態で魔素を取り込んでしまえば、フォウルの言葉は現実のものになる可能性がある。


「シズさんが普通の生活を安心して送ることができるようになるため、ちゃんとした魔法の習得とコントロールを学ぶことは必要なものです。魔法に怯えて、後悔した覚え……あるのではないですか?」


「う、うぅ……」


 聖女シズはそのあたりのことを十分に理解していた。


 ――あたしが悪いんです。


 そう言いながら明らかにオーバーキル余裕ですの魔法をぶっ放していた理由は、間違っても許容量以上の魔素を取り込まないようにする目的があったからだろうと、フォウルは今更ながらに理解した。


「大丈夫です。何のためにわたしがいると思っているんですか、これでもちょっとしたものなんですよ? ちゃんと教えますから、ね?」


「は、はいっ! よ、よろしくおねがいしますっ!」




 さて、かつてに比べれば実力という面ではまだまだ頼りないフォウルではあるが、知識と知恵に関しては確実に世界屈指と言える。


 フォウルが賢者と呼ばれるに至った理由は、使えない魔法がないがためだ。


 正確に言うのなら使えない魔法の、代替と言える効果を発揮できる魔法が使えるというべきか。

 たとえば純粋な回復魔法は聖女たるシズや、一部の聖職者にしか扱えないものだが、フォウルは人間の自然治癒能力を飛躍的に高める魔法を開発し、回復魔法と言える魔法を使えるようになった。


 精霊と契約して使用することができる精霊魔法に関しても、似たような効果を発揮する魔法をいくつも編み出している。


 いわば研究者に近い、それも極めて実践的で実戦主義な。


「あ、あのあの、フォウ、さん」


「はい、どうしましたか?」


 率直に言ってあり得ないと言っていいだろう。

 精霊魔法を筆頭に、扱うにあたって必要な条件がある魔法だって数多くある中で、いかなる魔法でも再現できるということは。


 天性の才能があったことは否定しない。

 しかし、才能だけでは辿り着けない域へとフォウルは辿り着いている。


「こ、ここ、この格好で、やる意味、は?」


「シズさんの体内を巡る魔力を感じられるようにです。ごめんなさい、窮屈なのはわかってるんですけど」


「い、いいいえっ!? だ、だだ、だいじょうぶですっ!」


 耳元で感じるフォウルの吐息に、身体を震わせながらシズは自分に言い聞かせるように叫んだ。


 二人は今、大きめの外套を使って二人羽織の状態になっていた。

 理由はもちろん、フォウル自身が言ったようにシズの体内を巡る魔力をより正確に感じ、コントロールの補助をするためだ。


 柔らかい、いい匂いがする、温かい、シズの頭にある単語は以上の三つ。

 とても、今から魔法の訓練を始めるに適した精神状態ではない。


「えっと……もうちょっとリラックスしましょう?」


「むりですっ!!」


 そう。

 フォウルに天性の才能があったことは確かだ。


 しかし常人に辿り着けない域へと達することが出来た大きな理由は。


 彼が効率厨であるからだった。


「う、うーん……困りました」


「困ってるのはあたしですぅ!?」


 あるいは彼が鈍感賢者の名前をほしいままにしていた原因でもある。


 フォウルは思う、この程度は女性同士のスキンシップでありえる範疇だと。

 自分自身、邪な想いを抱えているわけではないし、効率が良いからこの形を取っているだけだと。


 シズは同性愛者というわけではない。

 にもかかわらず、こうして心臓の音が相手に聞こえてしまうんじゃないかと心配してしまうほど、緊張するのは、今までこんな近い距離に他人を招いたことが無いからだ。


 そうとも、シズは同性愛者ではなかった。


「仕方ありませんね」


「ごめんなさいっ!?」


「じゃあわたしがシズさんの体内魔力を操作しますね」


「ひゃいぃっ!? え、あ、ちょ……あふっ」


 吊り橋効果、ではないが。


「うーん……やっぱりシズさんはすごいですね」


「あ、う……くぅん、す、しゅごいって、にゃ、にがですかぁ」


 錯覚したまま、フォウルに身体を良いようにされながら。


 ――もしかしたら、自分は女の子フォウさんが好きなのかも。


 錯覚を誤解に変え、納得へと結びつけ始めたシズだった。

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