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第20話「やればわかる」

「あ、あの、フォウさん?」


「はいフォウです。シズさん? 魔力が乱れてますけど、何か聞きたいことでも?」


「ご、ごめんなさいっ! で、でも、その、これって――」


「そういう質問は却下ですね。集中して下さーい」


 フォウルは簡単な練習と言った。


 果たしてその言葉は真実であったが、シズが心の中でした決意の大きさから考えれば、あまりにも簡単過ぎる練習だった。


「あうぅ……」


 確かに移動中、言ってしまえばながら・・・の訓練だ。

 腰を据えてじっくりやるものに比べればお粗末なものになっても仕方ないとは言える。


 そんな簡単な訓練とは、魔力を魔法化せずに垂れ流すというものだった。


 今、シズは歩きながら体内にある魔力を手から少しずつ体外へと放出している。

 もちろん、街道傍に自生している草木に影響が無いよう調整するくらいのことはしているが。


 はっきり言って、子供でもできるようなもので、練習や訓練と言う言葉には程遠い。


「まぁ、どういう意図があるのかを伝えずにやれと言われても困惑しますよね」


「そそ、そうですよぅ、あ、あたしが、悪いんですけど、で、でも、ですね?」


 放出し続けて早一時間ほど。

 むしろこれまで文句も言わずにやれるだけシズを褒めるべきだろう。


「時にシズさん」


「えっ!? はは、はいっ!」


「知ってました? 調節したとは言え、一時間も魔力を放出し続けるって、異様であることを」


「っ!?」


 放出する量はフォウルに指示された量だった。

 そしてその量は、聖女シズがいつもやっていた量と同等のもの。


「実を言うとこれは練習というよりは、確認だったんです」


「かく、にん、ですか?」


「はい。おかげで一つの確信を得ました。シズさん、あなたの最大魔力量は魔物を退治して魔素を取り込んだとしても、今後変わりません」


「……? え、えっと、はい、そう、なんですね?」


 あまりピンと来ていない様子のシズだったが、フォウルとしては絶対に確かめなければならないことの一つだったのだ。


 今のシズが、聖女シズとどの程度違いがあるのかを。


「そうです。シズさんは魔女、つまり魔族の血を引いていて、人間の血も引いている。わたしが確かめたかったのは、シズさんの仕様です」


「し、仕様ですか?」


 ますます理解から遠ざかったぞとシズは首をかしげる。


「……人間は魔物を退治して魔素を取り込み、最大魔力量を向上することが出来ます。対して、魔族は最大魔力の向上はしない。つまり、成長しないということです。これは知っていましたか?」


「は、はい。し、神父様に教えていただきました」


「なら結構です。では、人間は休息により魔力を回復させることが出来ますが、魔族は回復しないということは?」


「え……? そ、そうなんですか?」


 魔族は魔物や人間といった魔素を保有する生物を、文字通り喰らう事によって回復する。


 そしてシズのこの反応により、二つ目の確信をフォウルは得た。


 というより、かつて聖女シズも休息により魔力を回復できていたのだし、確信というよりはやはり確認というべきだが。


「そう。そして魔女であるシズさんは、魔族並の最大魔力量を有しているのにも関わらず、休息による魔力回復が可能なのです。念を押して言っておきますが、信用できる人以外には言わないようにしてくださいね?」


「そ、それはどうして、ですか?」


「まず間違いなく魔法研究機関に攫われ、実験動物扱いされることになるからです」


「っ!?」


 あるいは、子供たちが言うワルモノとは機関の人間を指しているのではないかとフォウルは考える。


 それほどの価値がシズにはある。にもかかわらず、本人に自覚はない。


 これには理由があった。

 シズは確かに魔女として生を受けたが、人間として生きてきた。

 数少ないながらも関わることがあった人間で、魔族のことに詳しい者はいなかったし、大人から離れて子供に逃げていったが故に、無知のままでいてはならない部分を無知のまま過ごしてきたからだ。


「そ、そんな」


「冗談ではありませんよ。むしろシズさんにとって、イの一番に知るべきだった事実とすら言えるでしょう。こうして無事でいてくれて、ありがとうございます。いや、シスターであれば神に感謝すべきですね」


「……」


 冗談ではない。

 その言葉が真実であるのは、フォウの表情が物語っている。


 今更ながらに震えるシズを見て、フォウは慌てて話が逸れたと口を開く。


「脅すようなことを言ってすみません。話を戻しますが、魔族並みの魔力を有しているのに、自然回復ができるシズさんは、言ってしまえば常に割れる寸前の風船に近い状態であるということです」


 シズが自身のことをいつ爆発するかわからない爆弾のようなものと思っていたことは正しい。


 どれだけ魔力を消費しても、一晩ぐっすり休めば次の日には再び完全に補填される。


 フォウルとしては羨ましい限りではあるが、同時に何故日頃から聖女シズは魔力を無駄遣いしていたかの理由がはっきりと理解できた。


「というわけで、シズさん」


「は、はいっ!」


 完全に切り替えようと声のトーンを明るくしてフォウルは告げた。


「やって慣れろ作戦、発動です!」

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