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第19話「爆弾野郎」

 どういう気の使われ方をされたのか。

 指定されたアンデッド処理の現場はルクトリアから三日ほど歩かなければならない場所だった。


 わからないわけではない。

 単純に少しでもルクトリアから離れた場所を指定することで、悪事の露見を遅らせる。

 あるいは誰にも気付かれないようになんていうシスター達の配慮だった。


「んー……はぁっ! やっぱり街の外は気持ちいいですね」


「えぅっ!? えとえと、そ、そうでしゅねっ!? か、噛んだ……」


 街を出てからフォウはずっとニコニコと笑顔を浮かべている。

 シズとしてはこれからアンデッド処理という仕事に向かっているというのに、何が楽しいのかわからない。


 フォウルの機嫌が良い理由は、こうしてシズと街道を歩くことが嬉しいなんてものだった。


 かつての旅は辛いことのほうが多かった。

 それが、未来に危険があると分かっていても今は平和。

 平和な世界をのんびり歩けることを、フォウルは嬉しく感じている。


「そんなに緊張しないで下さい。今からその調子では疲れてしまいますよ?」


「わわ、わかってるのですけどぉ……で、でも、あ、あたし、ですよぉ?」


「未熟なシスターという意味ですか? 御冗談を、あれだけ素晴らしい聖水を作ることができる人を未熟と言うなら。ルクトリアの教会関係者は全員聖職者を名乗れませんよ」


「ひぅっ!?」


 お世辞などではなく、事実だ。

 仮にフォウルがアンデッド処理にルクトリアのシスター、あるいは司祭が作成した聖水を使っていたのなら、今頃まだまだ処理案件は山積みだっただろう。


 雨化した聖水の一滴でアンデッドを浄化してしまうものを作れてしまう、シズが異常としか言いようがないのはもちろんだが。

 あの連中に聖水作成を依頼するくらいなら、大人しく火炎魔法で処理したほうが良いとフォウルは確信している。


「お世辞じゃ、ないですよ?」


「そそ、そんなの、うそ、です……あ、あたし、なんか……」


 自己肯定感の低さもここまで行くと病的だとフォウルは苦笑いする。


 当たり前だがフォウルにシズをどうにかするなんて考えはない。

 そもそも女性同士でナニするなんて考えがフォウルにないこともあるが、大切な仲間を傷つけるなんて何かの間違いであっても許さない。


 こうしてフォウルがシズを街から離した理由は一つ。


「そう、それです」


「そ、それ?」


「シズさんは、もう少し自分に自信を持つべきです」


「じ、じしんぅっ!?」


 自分からはかけ離れた言葉だとシズは目を丸くするが、今回共に街から出た狙いはその一点だった。


「知るべきなんですよ。あなたが持つ力は決して危険なものなんかじゃない。使い方によっては、誰かを守ったり、誰かの力になれる、素晴らしい力なんだと」


「っ!? フォ、フォウさんっ!? ど、どうして――」


「見る人が見ればわかる、と言っておきましょうか。何にしても、シズさんはその力をまだコントロール出来ていない。わたしが力になると言ったのはその部分。今回のアンデッド処理で、なんとかしましょう」


「ぅ――」


 実際には陰でコソコソ嗅ぎ回って知った事実ではあるが、フォウルは意図的に自分を大きく見せた。


 フォウルはシズから信頼、信用されているとはまだ思っていない。

 だからこそ、少なくともこの人はすごい、と。自分が知らないことを知っているとは思わせたかった。


 知らないことの中に、今の自分をどうにかするための術があるかも知れないと、思ってもらいたかったから。


「フォウ、さんは」


「はい」


 だが、そんなフォウルの意図は残念ながら意味のないものではあった。


「なんでそんなに、すごいんですか?」


「す、すごい?」


 シズは既にフォウル……というより、フォウのことを信じたがっている。


 かつて言われた司祭と同じことを口にして、同じような優しい笑顔を向けられた。


「あ、あたしは、ま、魔女、です」


「……はい」


 故に、今度こそという願いがある。


 もう二度と誰かに期待されたり、信じようとされたりすることは無いと思っていたシズだから。


「ち、小さい頃から、魔力、すごかったです。誰も、傷つけたくないのに、無自覚に、無意識に傷つけてしまう、ほど」


「……」


 生まれた村で、母を傷つけた。

 魔女なんか生みやがってと母へ暴力をふるった父を殺した。


 そうして、守ったはずの母にまで遠ざけられた。


「あ、あたしが、悪い、から。自分では、どうにも出来なくて、どうにかできそうな人も、傷つけちゃって……そんな、あたしを、怖がってないです、すごい、です」


 シズはいつ爆発するかわからない爆弾だと、自分のことを思っている。


 何も知らない、それもろくに教育も受けず世辞に疎い子供にしかシズは心を寄せられなかった。


 文字通り、無邪気にシズねーちゃんと、シズではなくねーちゃんと思ってくれる子供にしか。


「シズさん」


「は、はい」


「わたしはすごくなんかないですよ。ただ、シズさんのことが好きなだけです」


「は……ひゃいっ!?」


 爆弾に向けて爆弾発言が飛んできた。しかも至極真面目に告げられた。


 シズにそのケはなかったが、それでもフォウの中身が男だからか、イヤに迫る響きがあったから。


「好きな人の前では強がるものです。同時に、強くありたい。そういうことですよ」


「はう、あう、あー……」


「何にしても、です。さっそく簡単な練習からやっていきましょうか」


「はひゃっ! ひゃいっ!」

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