目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第18話「朝焼けの出発」

 くしゃり、と。

 シズは教会より下されたアンデッド処理の指示書を握りしめた。


「……やっぱり、ここだけじゃだめ、だよね」


 言葉通り、シズは異例という言葉に当てはまった存在だった。


 シスターの仕事は多岐に渡ると言えど、可能な限り優先されるべきはアンデッドの処理だ。

 特に、強く大きな魔力を有しているような者はそれこそアンデッド処理のために各地へ出張三昧と言っても良い。


 率直に言って、宝の持ち腐れ。


 シズのように生まれつき多大な魔力を有しているシスターは、そもそも孤児院の院長などという仕事をして良い人間ではないのだ。


 事実として、フォウルが現れなければ教会のシスターたちはいずれ義務を理由にシズを追い込んでいただろう。教会での地位向上にかまけた自分たちのことを棚に上げて。


 それはフォウルがアンデッド処理依頼をこなすに困らなかった理由でもある。

 シズを含めたシスターたちがアンデッド処理を放棄していたからこそ、依頼は増えに増え、フォウルの得る金や名誉、そして力とあらゆる糧になった。


「ちゃんと、できる、かな」


 わかっているのだ、こうしてシスターとなった以上、アンデッドの処理は果たすべき義務だなんて。


 だがそれ以上にシズは自分の力を恐れていた。

 制御ができない、できないどころかどうすれば良いのかすらわからない。


 何度も試した、考えた。

 それでも生まれ持った大きな力は、自分の意思を無視して周囲を傷つけてしまう。


「司祭、様……」


 それは、恩人と言える人すらも。


 救ってくれた人がいた。

 共に悩んでくれる人がいた。


 力になりたいなんて、当然のように思った。

 自分の力を活用して、彷徨える魂の浄化ができるというのなら、どれだけでもと。


「大丈夫……大丈夫……そう、だよ。今は、フォウさんだっている。あたしが、いなくなっても、子供たちは、大丈夫。なら、やらなくちゃ。義務を果たして、恩を少しでも、返さなくちゃ」


 シズの脳裏に浮かんだのはフォウの姿。


 たとえ、自分が力の制御に失敗して、帰ることができなくなったとしても、彼女なら後を任せられる。


 多くの時間を共に過ごしたわけじゃない。

 それでもフォウの慈愛に満ちた瞳を見れば、子供たちを幸せに導いてくれるなんて簡単に確信できた。


 何よりシズから見たフォウは完璧なシスター。


 いや、聖女と言っても良かった。

 噂に聞こえる聖女や女神と言った言葉はフォウを指す言葉だろう、アンデッド処理に向かってはその日の内に帰ってきて、疲れた様子も見せず美味しい料理を作って、子供たちを笑顔にする。


 そんな人間を聖女や女神と呼ばず、誰を聖なる人と呼ぶのか。


「そう、だよ。安心して、失敗できるなんて、初めてだもの」


 腹は、括った。


 未来で浮かべているかも知れない、強い瞳の中に一握りの諦観を宿し。


「行こう」


 シズは出発の準備を始めた。




「水臭いですね、シズさんは」


「フォウ、さん……? え、あ、あれ? えと、えとえと、どうして、ここ、に?」


 まだ日が昇らない早朝。

 ルクトリアの出入り口で、今来たところですよなんて顔をしながらフォウルがシズへと笑顔を向ける。


「どうしても何も無いでしょう。アンデッド処理、行くんですよね? わたしを放っていくなんて、10年……は、ちょっと生々しすぎるや。まぁとにかく早いんですよ」


「え? え? え?」


 10年後なら放って行かれても安心して待っていられるだろうな、なんて内心へのツッコミで笑みの種類を苦いものに変えて。


「大体、子供たちはどうするんですかって話です。皆、心配していましたよ?」


「い、いや、え? で、でもでもフォウさんがいれば、安心、って」


「その子供たちからシズねーちゃんを助けてあげてって言われたもので。いやぁ、先輩の偉大さをひしひしと感じちゃいましたね」


「で、でもっ!」


 混乱するシズだ。当たり前だ。


 自分勝手にと言えばそうかも知れないが、シズとしてはフォウに後事を託したつもりだった。

 だというのに託した張本人が一緒に行くという。

 これじゃあ自分の安心はどこに言ってしまうのか。


「安心して下さい、教会のシスターに孤児院を一時的に任せています。正直、任せたくはなかったのですけれどね。子供たちも我慢するって言ってくれてましたし、ちゃちゃっと終わらせて早く帰ってきましょう。そのためにも、ね?」


「う、う、うぅ~……っ」


 マッチポンプを仕込んだ張本人が何を言っているんだと自嘲しながらも。


 フォウルの予想以上にシズは子供たちから愛されていた。

 あるいは実感以上にとも言えるかも知れない。


「それとも、こう言いましょうか?」


「え……」


 シズは大切な仲間だった。

 そんな揺るぎない事実は、つい先日今一つ付け加わっていて。


「あなたの力に、なりたいんです。シズさん」


「――」


 幸せになってほしい、大切な仲間になっている。


 真摯に言われたシズの頬が、桃に染まった。


 ――あなたの力になりたいのですよ、シズさん。


「あ、あた、し……」


「はい」


「め、めいわく、かけちゃい、ますよ? だ、ダメダメシスター、です、から。わるいこ、ですから」


「じゃあ尚更わたしが必要ですね」


 それは、かつて言われた言葉で、信じた言葉。


 そして、今は。


「う~……は、はいっ! よ、よろしくおねがいしましゅっ!」


 信じたい言葉だから。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?