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第15話「肉欲の教会」

 ――ははは、はいぃっ! ぜ、是非ゆっくりお休みくださいぃ! 酷使してごめんなさぃ! あたしがわるいんですぅっ!


 フォウル自身まず断られないだろうという確信はあったが、二日ほど孤児院から出たいと言えばシズは全力で首を縦に振った。


「さて、と」


 休日が欲しいという意味で捉えられたのが誤算ではあったが、何はともあれ自由に動ける時間をフォウルは手に入れた。


 最近はずっとフォウの姿が活動していたせいか、いまいち戻った・・・という感じがしない元の身体に違和感を覚えながらも、フォウルは教会を目指して歩みを進める。


「俺、俺……うん、大丈夫だろう」


 変身ではあるが、フォウルとフォウの二重生活は切り替えた時が大変だと実感する。

 今は出稼ぎとして傍にアリサはいないが、いずれ新婚旅行として世界各国を巡る時には上手いやり方を考える必要があるだろう。


 事実として、僅か二週間足らずという期間にも関わらず、フォウルは無意識に女性用トイレに入りそうになった。


 いくらなんでもフォウに引っ張られ過ぎだろうと、自分に活を入れ、教会へと足を踏み入れる。


「こんにちは。本日はどうされましたか?」


「こんにちは。祈りを捧げたく」


 入れば入り口傍にいたシスターがたおやかに微笑みながらフォウルへと話しかけてきた。


 フォウル自身、シスター見習いになって初めて知ったことではあったが、基本的に修道士たちは訪れた者に対して自分から挨拶をするようなことはない。


 基本的かつ絶対的に受け身であれとされているのである。


 求めよ、さすれば与えられん。


 そんな言葉が示すとおり、請われて応じるという形を維持しなければならない。


「左様ですか。どうぞ、心安らかに。何かあれば仰って下さいませ」


「ありがとうございます」


 つまり、一見親切心にも感じられるが、言葉を汚く使うのであればツバをつけに来たということ。


 今更ではあるが、フォウルはそれなり以上に整った容姿をしている。

 10人が10人とは言わないが、見た目で声をかけられてもおかしくない程度には。


「露骨、だなぁ」


 去っていく背中へ頭を軽く下げながら小さく呟くフォウルだ。


 事前にルクトリア教会に来るシスターたちの経歴を知っているからこそ露骨に思えたことは否めない。

 だが、遅いか早いかだけで気づいていただろう、何度も見た、自分を利用しようとする雰囲気はわかるものだ。


「身請け、ねぇ」


 教会でまかり通る言葉じゃないだろうにと。


 神像の前にたどり着き、膝を着きながら祈りの姿勢をとって考えるフォウル。


 言ってしまえばルクトリアのシスターになったことで、食えるようになっただけなのだ彼女たちは。


 決して現状に満足しているわけじゃない。

 もちろん今をヨシとしている人間もいるだろうが、少数である。

 多くのシスターたちは、今のフォウルのように教会へ訪れた人へと買われ人並みか、それ以上の生活を送りたいと願っていた。


「そんなに、金を持っているように見えるか?」


 思わず口に出してしまったが、妙なところで相変わらず鈍感ぶりを発揮するフォウルだ。

 先程声をかけてきたシスターにあった下心は、今よりいい生活を送りたいがためにという欲はもちろん、フォウルのような男に、せめて一晩だけでも買ってもらえないかと思ってのことだった。


「何にせよ、健全とは言えないな」


 現司祭が彼女たちをどう扱ってるかは未だに不明の部分が多い。

 しかし、ふとした時に寝所に呼ばれることはあるだろう、実際フォウとして侵入した司祭の私室には避妊具が用意されていた。


 認められてしまっているのだ、暗黙の了解としてかどうかはともかくも。

 元々娼婦紛いのことをやっていたシスターが多かったこともこうなってしまった理由の一つだろうが、ルクトリア教会の暗部は肉欲が詰まっている。


「はぁ……どうか、アリサと早く幸せ結婚生活を送ることが出来ますように、と」


 とはいえ、わかりやすくて結構だとフォウルは祈りを終えて立ち上がった。


「終わられましたか?」


「ええ」


 すると直様近づいてくる先程のシスター。


「その割には、あまり晴れた顔をされていないようですが」


 この言葉が仕掛けなのかどうか。


「そう、でしょうか?」


 本当に浮かない顔をしていたのか。

 フォウルとしては特別表情を作ったりした覚えはない、むしろ意図的に入ってから表情を変えないようにしていたくらいだ。


「ええ。よろしければ、あちらでお話を伺いますよ」


 あちらと言われて指されたところにある部屋は懺悔室。


 防音が施されており、中での会話は、中にいるものにしか聞こえない、密談をかわすには絶好の場所。


「……そう、ですね。親切にありがとうございます、告白する罪はありませんが、ご好意に預からせて頂きます」


「っ……はいっ。では、入り口は外からになってしまいますのでお手数ですが。もちろん、中にいますのは私ですので、ご安心を」


 一瞬シスターがやりそうになったのはガッツポーズだろうか。


 気を緩めてしまえばスキップでもしてしまいそうな雰囲気を纏いながら、いそいそと懺悔室の中に入っていくシスターを見送り。


「今日も平和なようで何より、だ」


 若干死んだ目をしながらも、好都合には変わりないと教会から一度出て、懺悔室へと足を運んだフォウルだった。

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