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第8話「情緒をめちゃくちゃにされる聖女様」

 フォウルが女として活動するための準備を進めている頃。


「ふ、ふえぇ……ど、どこにもいないよぅ」


 シズは置いて行かれた金を返却すべくルクトリアを奔走していた。


「し、しばらく滞在するって、言ってましたよねぇ……うぅ」


 街行く人は誰もシズに声をかけない。

 これは街の人間たちがシズに対して冷たいというわけではなく、シズ自身が街を歩いている時は大体半べそをかいていることが常であったからだ。


 更に言うのなら親切心がもとであっても、下心がもとであっても。

 声をかければ奇妙な鳴き声をあげながら、あたしが悪いんですと逃げ去っていってしまうが故にだから。大別するのなら生温かく見守られている形の一つといえるだろう。


「あの時返せなかったあたしが悪い、のですけどぉ……」


 フォウルが問答無用で金を置き去って行ったこともそうだし、シズの脳裏に一瞬このお金があればという考えが奔ったこともそうだが。


「……なん、で。返せなかった、んだろう」


 それ以上に我を忘れた、思考が停止してしまった。


「あの、目」


 初対面のはず、そうだと言うのに自分のことを自分以上に知っているかのような。


 深く、深く。

 吸い込まれてしまえば戻ってこれなくなってしまうのではないかと思ってしまった瞳。


 事実、シズの理性であったり思考回路はあの時フォウルへ飲み込まれ、帰ってこられなかった。

 我に返った時には既にフォウルの背がドアの向こう側に消えかけていた時で、そのせいでアテもなくこうして走り回るハメになっている。


「……」


 向けられた目はシズの脳裏に強く焼き付いていた。

 含まれていた色の大部分は理解不能だったが、それでも一つ、自分が慈しまれていることは理解できたから。


「どうして、私なんか」


 フォウルはアリサと幸せな人生を歩むためになら全てを犠牲にできる覚悟がある。

 そして、同じくらいかつての仲間たちも幸せになってほしいと思っている。


 シズはそんなフォウルの感情を慈しみ、慈愛の心を向けられていたと捉えた。


「わから、ない、よぅ」


 胸元のクロスをぎゅっと握りしめる。


 シズは好意的な感情を向けられたことがないと思っている。

 それはまったくもって勘違いも甚だしいが、この世に生きる人間に起こった不幸は全て自分のせいだと真面目に思っているがために、周囲からの好意に気づけないし信じられない。


 それでもフォウルから慈しまれたと思えたのは、自分が子供たちに慈愛の心を持って接しているからだ。


 事実、僅かばかり漏れ出したような慈愛と言う感情よりも、フォウルは見るものが見ればわかりやすくあなたを信頼していると目で訴えていた。


 にもかかわらず、気づけないのは。


「あ――」


 教会の鐘が響いた、回数は三回。

 ルクトリアに存在する教会関係者を招集する意味を持つ合図。


「いか、なくちゃ……」


 胸元の十字架をもう一度ぎゅっと握った後、肩を落としながらシズは教会へと歩みを進めた。




「――っ」


 シズは鐘が鳴ってから五分以内に間違いなくやってきた。


 しかしそうであっても周りからの目は厳しい。


 ――このグズが。

 ――トロすぎるんだよ。


 そんな視線に申し訳なさそうに頭を下げた後、シズは指定された場所へと参列する。


 おおよそシズが自分に対する肯定感が低いままである理由がここには詰まっていた。


 女の園であるがためになんて言うべきか、修道女たちは日頃のストレスをシズによって発散していた。

 もっともシズが神の道を歩みたいとこの教会へやって来たころは違ったが、ある意味自業自得、シズの性格が八つ当たりに近いものへと拍車かけたことは否定できない。


 だが何よりも、シズは美しかった。

 美しかったことが女の反感を買った。


 特に何もしていないのにも関わらず、シズは修練士という見習い的な立場からすぐに、美しさによって修道士として認められた。


 事実かどうかは当時の司祭がいないため定かではないが、少なくとも他の修道女たちはそう思っている。


 かつては神の空気を感じることが出来た場所、それが今になっては息が詰まるほど重苦しい場所にしか思えない。


「皆様、本日よりまた一人。迷える子羊が神の教えを乞いたいとやってきました」


 教会を管理している司祭が朗らかに言った。


 朗らかであるが故に、修道女たちは表情を変化させないまま、苛立ちを募らせた。


「どうぞ、こちらに」


 司祭の目が好色に彩られ、修道女たちの心に早くも妬みの色が宿る。


「わ、ぁ……」


 そんな中、シズは小さく声を漏らした。


「初めまして」


 司祭の隣で笑顔を浮かべながら頭を下げた、美少女の容姿に目を奪われたのだ。


 赤と桃、どちらと言うのか鮮烈な長い髪を二つのおさげに。

 幼さが強く感じられる顔立ちだと言うのに、何故かどうしようもなく大人に思える雰囲気を纏い。

 着ている服が修道服でなければ、売れっ子娼婦と言われても納得してしまいそうな、身体つき。


「フォウ・アリステラと申します。本日より、皆様と共に神の教えを賜れるとこと嬉しく思います。どうか、よろしくお願いいたします」


「通例通り、フォウさんは修練士としてまずは孤児院のお手伝いから始めて頂きます。シズ」


「は、ひゃいっ!」


 司祭に呼ばれ、慌ててシズが前に出ようとするが。


「きゃっ!?」


「おっと……大丈夫ですか?」


「ごごご、ごめんなさいっ!? あ、あたしが――え?」


 しっかり躓いて、その身体をフォウと名乗った少女が支えた。


「どう、しましたか?」


「あ、の……どこ、かで?」


 支えられ、近くで見たフォウの瞳。


 見覚えがある、それもここ最近。


「こほんっ!」


「あわわわっ!? しし、失礼しました! え、えとえと、あの!」


「はい」


「こ、孤児院の責任者をつつ、務めております! シズ・エラントーシャと言います! しゅ、修練士である間、あなたのお世話をしますので! よよ、よろしくお願いしまつっ! あ、あたしでごめんなさい!」


 司祭の咳払いによって我に返ったシズが再び慌てて決められていることを口にするが。


「はい。改めてわたしはフォウ・アリステラと申します。どうか、よろしくお願いいたします。シズ、さん」


「……ふわぁ」


 穏やかに、慈しまれるような笑顔を浮かべたフォウへと、もう一度見惚れてしまったのだった。

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