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第6話「ごめんなさいな聖女様」

「さ、先ほどは、失礼しました、えぇと、その……ごめんなさい!」


「いやいや、込み入った事情があるようで……こちらも先に約束をしておけば良かったですね。申し訳ないです」


 シスター・シズ。

 魔王討伐に向かって旅立った、勇者アリサパーティの頼れる回復役ヒーラーであり、フォウルが扱える回復魔法の師匠。そして、最初に命を落とした仲間。


 そんな仲間相手に敬語を使う自分に違和感を覚えながらも、フォウルは頭を下げた。


「そんなっ!? あ、頭を上げてください! あ、あたしが悪いんですぅ!」


「……ふふ」


「ふえぇっ!? な、何か面白い事がありましたか!? あ、あたしがやっぱり悪いんですぅ!?」


「あぁいえ、申し訳ありません。中々愉快なシスターさんだと思いまして。失礼しました」


 あたしが悪いんです。


 これはパーティを組んでからもずっと続いたシズの口癖だった。

 悪戯半分で、強いわたしが悪いんですなんてセリフを仲間と一緒にシズへと仕込んだ記憶は今も鮮烈に残っているが。


 今のシズはフォウルの頭にある、そんなことを言いながらも自信アリと外套をはためかせながら堂々としている姿には程遠い。


 本気で全て自分が悪いと思い込んでいるような姿ではあったが、こうして元気な声を聴けて嬉しく思ってしまう。


「あぅあぅあぅ……愉快なシスターで、ご、ごめんなさいぃ……」


「えぇと、俺の失言ではありますが、何を仰いますかと。あぁしてこっそりと子供たちに見守られている方だ、シスターとしての人柄に疑いは持てません。どうか胸を張っていただきたい」


「ふぇっ!? あ、もうっ! みんな!? お部屋にもどってなさーい!」


 驚き振り向いたシズと視線があったらしい、ドアの隙間から覗き見していた気配がバタバタと遠ざかっていく。


「随分と愛されておられる」


「うぅ……ごめんなさい。あたしが悪いんです、あたしが頼りないから……」


 どうやらパーティを組む前のシズは相当ネガティブ思考だったらしいと、フォウルは認識を改める。


 確かに彼女自身の口から孤児院で働いていた時期があるとは聞いていた。

 だからこそ、教会を通すこともせず直接孤児院を訪れたのだ。

 聖水を作ってもらうためという目的もあったが、何より彼女が壮健であるかを確かめるために。


「そんなに自分を卑下されずとも。何か、問題が?」


「あっ、い、いえっ! 大丈夫ですのでお気になさらず! それより、あたしに御用とはなんでしょうか!」


 言外に含まれた部外者に言えることはないという意図を感じ取ったフォウルの肩が落ちる。


 仕方のないことだ。

 かつてと今は違う。そしてフォウルの言うかつてとは何としてでも避けたい未来であり、阻止すべきために今フォウルは動き始めたのだ。


「シズさんに、聖水を作って頂けないかと思いまして」


「せ、聖水を、あたしが、ですか?」


 ならば今回も仲良くなりたいなんて欲目を出している場合ではない。

 一抹の寂しさを振り払うように頭を切り替えたフォウルは、単刀直入に用件を言うが、シズは目をぱちくりと驚きの表情だ。


「ええ。仕事の報酬と材料は用意しています。後は祝福さえ頂ければと」


「――こ、こんなに?」


 先に討伐したデミオークの肉がまとまった額で売れたこともあり、一般的な報酬よりも少し色はついているが、驚くような額ではない。


 しかし、シズは生唾を飲み込みながらテーブルの上にフォウルが詰んだ金貨を見つめている。


 シズの周りに起きている問題は、金絡み。


 よくよく見る必要もなく、この孤児院はボロい。

 子供たちがフォウルを見てワルモノだと言ったことから、もしかして借金取りにでも追われているのではないかとフォウルはあたりをつけた。


「その……すごく、惹かれるお話なのですが、お引き受けできません、ごめんなさい、あたしが悪いんです」


「っ……理由を、お聞かせ頂いても?」


「えぇと、まずあたしは確かに教会に所属するシスターではあるのですが、誰かや何かに祝福を与えていい立場にいません。むしろ他の方の足を引っ張ってしまうような、だめだめシスターです。黙って聖水を作っても、ちゃんと祝福できたものになるかも不安がありますし……その、ごめんなさい」


 おどおどとしながらではあるが、しっかりとシズの目にはお断りしますと書いていた。


 なるほど、と。

 頭の中にあったシズと変わらないものもあった。

 こうなったシズは、自分の意思を曲げない。


「そ、それにですね! これだけのお金があれば司祭様に依頼もできるでしょうし! その方が確実ですし! あ、あたしみたいな半端者に頼むよりも、ずっと――」


「シズさん」


「はひゃっ!? ひゃい!」


 今のシズに言っても無駄だとフォウルは理解しているが。


「俺は、あなたに聖水を作ってもらいたい」


「え――」


「シスターに言ってはならないことだと分かっていますが、こうして直接言葉を交わして……教会にいる連中よりもあなたのほうが遥かに聖職者という言葉に相応しいと、思ってしまったのです」


「それ、は……」


 フォウルが人間に裏切られたように、シズもまた教会によって使い潰された人間だ。


 シズが今、フォウルの言葉に何を思ったかは定かではない。

 だが、使い潰される未来があるだけに、今からその兆候があったとしてもおかしくはない。


「ですが、無理強いはしたくない。わかりました、一旦このお話はなかったことにしましょう。俺はしばらくこの街に滞在していますので、もしも気が変われば教えてください」


「え、あ、あのっ!」


「見たところ、子供たちの栄養状態が少し悪い様子。今回時間を頂戴したお礼として、それはお受け取り下さい。では、失礼します」


 その場を後にしようとするフォウルの背中に向かってシズが何かを言っているが、聞こえないふりをして。


「……教会、調べてみるか」


 足早に孤児院を後にしながら、時間のかかる出稼ぎになることを心の中でアリサに謝った。

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