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第5話「お久しぶりです聖女様」

 田舎に慣れた者は都会と呼び、都会に慣れた者は田舎と呼ぶ街、ルクトリア。


 世界各国を旅した経験のあるフォウルの感覚から言えばまだまだ田舎ではあるが、この地方にある街としては大きな規模を誇り、旅人の足休めとして以外にも、各農村から作物が運び込まれてきては他の街に出荷するための中継地として扱われていたりと、なくてはならない街だ。


「――ついにフォウルも結婚か!! いやぁ! おめでとうさん! 祝福するよ!」


「ありがとうございます」


 そんなルクトリアでフォウルは今、同郷の者と会い酒場で食卓を囲んでいる。


 フォウルの生まれた村、ハフストは言うまでもなく田舎、ド田舎だ。

 ハフストに生まれた若者はルクトリアに憧れるし、家を継ぐ長男以外は大体ルクトリアへと移住する。


 また、名目上ではあるが、フォウルのように出稼ぎに出るならルクトリアと呼ばれてもいて、こうして同郷の者と会う確率はそれなりに高かった。


「相手はもちろんアリサだよな?」


「そうですけど。もちろんって、そんなにわかりやすかったんでしょうか?」


「違うって言われたらぶん殴ってたくらいにはな」


 エールを豪快に飲み干しながら、フォウルより歳が一回りは上の男が大きく笑う。


 今更ながらにそう認知されていたことをくすぐったく思う反面、かつての自分はどれだけ鈍かったのかと反省するフォウルだ。


「んで? ルクトリアに来たってことは出稼ぎだよな? 仕事紹介してやろうか?」


「いえ、一応あてはあるんです」


 何もないハフスト村ではあるが、誇るものがあるとすればそれは心優しい村人であり、村人間で結ばれた家族のような絆だろう。


 目下の者の面倒を見るのは年長者の当たり前として存在しているし、目の前の男だってそうだ。

 むしろ新たな門出を祝福させろと前のめりですらある。


「あてって。フォウル、お前ルクトリアは初めてだよな? なんでんなもんがあるんだ?」


「魔物退治の仕事をしようかなと思っていまして」


「なにぃっ!? ――っていや、フォウルならそれもありか」


 驚き立ち上がった男だったが、フォウルの腕を思い出しすぐにイスへと座りなおす。


 事実として、フォウルは15歳の頃から村を守るべく付近の魔物退治を率先して行っていた。


 魔物退治のために傭兵を雇うにしても金がかかる、金がかかれば生活が貧しくなる。

 ならば自分たちでやればいいと、フォウルは近隣で危険と言われている魔物に立ち向かう術を確立し実行した。


 何なら近隣の小さな村からも手を貸してくれと言われる、いわば腕利きなのだ。


 だからこそ偶然だったとはいえ、精霊と契約したアリサのお供に選ばれたという面もある。


「しかし退治って言ってもな、最近は安定期って言われてるじゃねぇか。俺も最近魔物が暴れたなんて話は聞いてねぇが?」


「季節関係なく退治の手を必要としている場所があるじゃないですか」


「……アンデッドか」


「はい」


 魔物は魔物化する前の習性を引き継ぐ。

 例えば熊であれば魔物化しても冬になれば活動しなくなり、冬眠する。


 そういった付近にいる魔物が大人しくなる時期を安定期と呼んでいて、安定期がないとされている魔物の代表格がアンデッドだった。


「アンデッド退治の経験はあるのか?」


「一応は。それに、道中念の為として聖水の材料を用意しておきました。依頼確認ついでに教会へ行って、聖水にしてもらう予定ですからご安心を」


 革袋をちゃぽりと揺らしてフォウルは安心させるように笑った。


「ったく、可愛げがねぇくらい優秀だな、相変わらず」


「慎重なだけですよ」


 男はこれじゃあ面倒見るつもりが見られてしまいかねないと恥ずかしそうに頭を掻き笑う。


 残念なことに、フォウルは彼の名前が何であったかを思い出せない。

 それでも、同郷の人間の顔は忘れておらず、目の前の男が確かに家族と呼んでもいいほどに親しい人間だということはわかる。


「結婚式は盛大にするつもりなんで、ちゃんと来てくださいね?」


「ったりめぇだ。嫌ってくらい祝ってやるから覚悟しておけ」


 だから二人は笑顔のまま、ジョッキをぶつけ合うことができた。




「ここだったよな」


 フォウルの目の前にある寂れた建物は、この街に設置されている教会が運営している孤児院。


 聖水を作ってもらうのにも金がかかる。

 悪徳とまでは言わないが、かつての経験上教会を頼りたくはない面はあるが、それ以上に確かめたいことがあった。


「あ、ごめんください。ボク? ここにシズって言うシスターはいるかな?」


「……」


 庭で遊んでいた子供の一人に声をかけるフォウルだったが、返されたのは訝しげどころか少し敵意が混じった視線で。


「にいちゃん、シズねーちゃんに何の用だよ」


「ちょっと仕事を頼みたくてね。良かったら声をかけてきて欲しいんだけども――」


 ここで合っていたと胸を撫でおろしたその時。


「みんなー!! ワルモノがきたぞー!!」


「おーーーっ!!」


「うわちょっ!?」


 どこにいたのか孤児たちがわらわらと現れフォウルに飛びかかって来た。


「たおせー!」


「ワルモノをおいだせー!」


「なななっ!? なんのことだって――あいたたたた!?」


 流石に手をあげるわけにもいかず、されるがままになってしまうフォウル。


 悪者? 退治? 一体何のことだと混乱しているフォウルを置き去りに、あちこちを嚙みつかれるわ、殴られるわ蹴られるわと子供たちの猛攻に耐えていると。


「なななっ!? なにをしているんですかぁ!?」


「シズねーちゃん! こいつ! ワルモノだ! きちゃダメ!!」


「シズねーちゃんを守るんだ!!」


 バタバタと慌てたように出てきつつも、どこか間の抜けた声が響き。


「ごごご、ごめんなさい! 子供たちが! えぇと、えぇと! こ、この人はワルモノじゃないですよぉ! お、お客さん? ですからねー!」


「え?」


 金髪碧眼の、後に聖女と呼ばれる修道女が現れた。

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