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第3話「いってらっしゃいのキス」

「ほ、ほんとに大丈夫? え、えと、嬉しい、けど。でもでもすぐに未亡人なんて私、嫌だからね?」


「わかってるよ。俺だってアリサを残して死ぬなんてごめんだからな、ちゃんと帰ってくるから安心してくれ」


 フォウルの故郷、ハフストは小さな農村だ。

 それだけにどこの男とどこの娘が結ばれたなんて話はすぐに広まる。


 流石にプロポーズをした翌日に村の全員が知るような状況になったことはフォウルの予想外ではあったが、彼の母親とアリサの母親が村中を走り回ったらしい。


 加えて言うのなら、フォウルとアリサは幼馴染であり、誰もがあの二人はいずれ夫婦になると目されていたなんて、知らぬは本人たちだけなんて理由もある。


「で、でも、でも」


「心配性だなアリサは。新居はもちろん、新婚旅行にだって俺は行きたいんだ。しっかり稼いでくるから、その間そっちも花嫁修業頑張ってくれよ? 俺は美味いメシが食いたいから」


 村人全員が家族なんて言えるような温かく優しい村ではあるが、甘くはない村でもある。

 正確に言うなら甘やかせることができない村と言うべきだろうが。


「……浮気は、だめだからね?」


「あはは、すっかり女房してくれて嬉しいよ」


 どうしても田舎の小さな村に生まれたものは都会に憧れる。

 家の長男は畑を継ぐためにしぶしぶ残りはするが、次男だ長女だはもっと豊かな生活をと村を出ていくことが多い。


 そういった背景もあって、村は発展とは無縁のままでいる。

 新しい夫婦が誕生したからと言って、新しい家を用意してやるだとか盛大なパーティをと言ったことは経済的に難しいのだ。


「でもま、そういうもんだし、行ってくるよ」


「うん……ちゃんと、お料理も家事も勉強しておくから、早く、帰ってきてね?」


 結果、男が女を娶る時には二人の支度金を用意するために出稼ぎに行くなんて風習が生まれた。

 長男だからと言って都会に出られないのは可哀想だなんて面もあったが、一年を目処に稼いできた金を村で、どれほど気前よく使えるかが夫の甲斐性を示す場として捉えられるようになったためだ。


「フォウルっ!」


「うん? どうした――んんっ」


 背を向けて歩き出そうとした一歩をアリサの声が止め、振り向いたフォウルの唇へと。


「ちゃ、ちゃんと、初めて、一つあげたから。先払い、だから」


「……あぁ、ありがとう。ちゃんと、もらったよ」


 アリサの唇が飛び込んできた。

 触れ合うだけの優しいキス。


「待ってるから! 私! ちゃんと待ってるからね! この先も、捧げたいんだからね!」


「俺も、ちゃんと帰ってくるから。コレの続き、受け取りたいから」


 果たしてどちらの方が顔を赤く染めていたのか。


「いってらっしゃい! 旦那様っ!」


「いってきます。お嫁様」




 フォウルが歩き始めて少し。


「……ある意味、好都合だしな」


 フォウルとしては漏らした言葉通り村の風習は好都合だった。


 一番近い目標としてはアリサを精霊に近づけないというものがあるが、先は長い。


 紆余曲折あったとはいえ、魔王を倒したのはアリサとフォウルだ。

 言ってしまえば他の魔王を討伐すべく旅立った者たちは失敗したということ。


 つまり、自分たちが戦線を離脱してしまえば世界がどう動いていくかが未知数となる。


「まずは、強さを取り戻さないと」


 正直なところ、フォウルとしてはアリサとの幸せ生活が脅かされないのであれば魔族との戦争に首を突っ込みたくはないと思っている。


 しかしながら戦争が本格化した後のことを知っているだけに、戦争を回避しなければ安穏な生活は送れないことを知っている。


「新婚旅行で世界を巡りながら、戦争を回避できるように動く、か。我ながら何とも無茶な」


 自分の導き出した考えに肩を落とすフォウルだが、アリサを戦いから遠ざけつつ戦争を回避するにはこれしかないとも感じていた。


 術はあるのだ、フォウルしか知らない、知りようがない方法が。

 前世、というより一つの結末を知っているだけに。どこをどうすればいいのかと言う答えに想像がついている。


 そしてその答えを実行するためには、とにもかくにも強さを求めなければならない。


「勇者アリサは勤勉な努力家であったことをありがたく思うべきかね」


 勇者となったアリサは実に強さに対して貪欲だった。

 自分が勇者なんて呼ばれるに足る力を有してはいないと、ちゃんと理解していたからだ。


 だからこそ積極的に鍛錬と称した魔物狩りを行っていたし、人助けも率先して行った。


「この辺りで効率のいい狩場は……まぁ、グールになるよなぁ」


 それだけに何処に魔物の住処、発生場所があるかはよく知っている。


 大気中に漂う魔素を取り込み変質した動物や物体、あるいは死体を魔物と呼ぶ。

 そして魔物を倒すことで取り込まれた魔素を回収し、強くなる。


 強くなることを俗にレベルアップと呼んでいるが、フォウルは賢者と呼ばれていた自分をレベル最大として考え、今の自分をレベル1と定めていた。


「記憶が残ったままでよかったよ、とりあえず聖水作るか」


 狩場を知っていれば、どうすれば効率よく魔物を倒せるかも知っている。


 前世の自分に感謝を捧げつつ、聖水の材料を求め、近くに広がる森林へと足を踏み入れた。

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