フォウルには勝算があった。
かつてという言葉を使うのが正しいかはわからないが、少なくともアリサはよく言っていたのだ。
――早く告白しておけば良かった。
――小さなころからずっと好きだった。
死んだはずのアリサが元気な姿で目の前にいて、つい感極まって告白してしまったなんて面は多分にあるが、それでも断られることはないだろうと。
果たしてそんな考えは正しかった。
顔を真っ赤にしたアリサがふらふらと部屋を出ていって。
隣にあるアリサの家から、やったー! なんて大声が聞こえてから少し。
「とりあえず、昔に戻って来たのは間違いなさそうだ」
幾分か冷静さを取り戻したフォウルは現状を確かめていた。
一階に降りて、ニヤニヤ顔の母親に今はいつであるかだとか。
死ぬ寸前の記憶こそあるが、身体や魔力の練られ具合はどうであるかだとか。
「改めて見ると、中々に貧弱な身体をしている」
これが後に賢者だとか大魔導士だなんて呼ばれる者なのかと思えば変な笑いが出てきそうなフォウルだったが、現状の認識は完了しつつある。
「魔王が現れるまであと二年、か」
フォウルが丁度20歳になった時、魔王は現れた。
つまり、今のフォウルは18歳で、本格的に魔物狩りを始めて生計を立て始めた頃だ。
「アリサが精霊と出会うまであと一年……まずは、これをなんとかしなきゃな」
もうフォウルの頭の中に世界を救うため魔王と戦うなどと言う考えは欠片もない。
守ってきた人間たちに裏切られた結末のせいであることはもちろん。
現れる魔王とて文字通り人類の敵に
しかしながらアリサは妙なところで正義感が強いと言うべきか、今のアリサは勇者と言われてしまえば使命に燃えてしまう。
魔王が人類を滅ぼそうとしているなどと言われれば、自分から討伐に名乗りをあげてしまうだろう。勇者の義務だと。
「アリサは単純だからなぁ」
勇者とは精霊に認められた者へと贈られる称号のようなものである。
決して、勇者だから魔王を倒さなければならないという義務が発生するわけじゃない。
だが、精霊に認められれば精霊術と言う魔法のようなものを行使できるようになる。
その力を持って悪を討伐せんと志してしまう者はそれなりにいるし、それなりの中にアリサもいた。
「まずは、そこか。アリサと精霊の出会いを阻止する」
精霊術を使えないアリサはそれこそ戦いなんてものとは無縁の存在だ。
逆に言えば精霊と会って、契約さえしなければ戦わずに済む存在なのだ。
「だがどうするか。俺は嫌われてるんだよな、あのエロ精霊め」
フォウルとアリサの心は結ばれても、肉体的に結ばれなかった最大の原因とも言えるが、精霊は純潔を好む。
故にアリサと結ばれたいと思っているフォウルを邪険にするのもまた精霊としては当たり前ではあったが、フォウルからすればたまったものじゃない。
「アリサを自分の女だとアピールしてくるのもうざったいしな。絶対阻止したいところだが……ふむ」
さてどうするかと考え始めるフォウルの前に。
「っと、戻って来たか。どうぞ」
「お、おじゃま、しましゅ」
真っ赤な顔をしたアリサが帰って来た。
「あの、えと、う、疑う、わけじゃないん、だけど」
「好きだよ、愛してる」
「はうっ!?」
もじもじと、言いづらそうにしていた内容を先回りされたアリサはついに身体中を赤く染めた。
「いつからって? 正直気づいたらとしか言いようがないのが申し訳ない」
「い、いいん、だよ? で、でもどうして、急に? い、嫌とかじゃ、なくて。で、ででも、告白してくれるなら、もっとムード、とか、その」
もっともな話であるとフォウルは内心頷いて、謝った。
やり直しができるなんて夢にも思わなかったこともそうだったし、冷静さを欠いてたこともあるが。
今思えばそこら辺もちゃんとやり直したかったとフォウル自身も思っている。
「……実はな? 心配してくれた通り、嫌な夢を見たんだ。アリサがいなくなってしまう……いや、目の前で死んでしまう夢だ」
「え……?」
「俺にはどうすることもできなくて、ただただアリサが死に往くことを眺めるしかできなくて。胸が張り裂けそうだった、いっそ俺が死ねるならとも思った。本当に、最悪を煮詰めきったような夢から覚めたらアリサがいた。だから、つい」
あの時の気持ちを覚えている。
あの時の痛みが心に刻み込まれている。
「夢に、後悔するなって言われた気がしたんだ。今掴める幸せは今掴めって、手遅れになってからじゃ遅いぞって警告されたように思えたんだ。だから……何度でも言うよ、アリサ。俺は、キミが大事で、好きで、これからずっと一緒に、二人で幸せになりたい」
「フォウル……」
それは約束でもあった。
二人が、二人だけの叶えられなくなった、悲しい約束だ。
「私、死なないよ。死んでないよ。ここにいるよ」
「あぁ、いる」
「私もね、フォウルのこと、好きだよ。ずっとずっと昔から、大好きだよ」
「あぁ、ありがとう」
「だから、ね? ふ、不束者ですが! す、末永くよろしくお願いしますっ!」
「こちらこそ。絶対に幸せにするよ……今度こそ」