『お前がヨロズヤナツキなんだろう!?』
現行犯逮捕されたその男は、取り押さえられながらそう喚いていたという。
明らかに、見えてはいけないものが見えていそうなタイプだったそうだ。服はボロボロ、髪はヨレヨレ、視線はまったく定まらない。男は“掲示板で見た”“あれはつまり神の思し召しだ”“自分はそれを遂行して神に認められるのだ”などと意味不明なことを繰り返していた。
どうやら、理貴は夏樹と間違えられて襲撃を受けた、ということらしい。
幸い軽傷で済んだ彼は、病院のベッドの上で夏樹にスマホを見せて言ったのだった。
「今時の病院はちゃんとスマホ持ちこめてありがてーわ。俺は大した怪我じゃないから心配スンナ。けど、気になるのはこれな」
彼が見せてきたのは、ある二つの掲示板の書き込みである。
244:今日も今日とてホラーなスクール@全力投球のななし
呪うおまじない、七海高校のどうのっていうのじゃないのでもいいなら知ってるよ
ていうか、今言ってるおまじないって、相手のクラスと座席知らないと実行できないじゃん?
もっと簡単に呪える方法
この掲示板にアクセスして、
「●●●●を呪ってください」って書きこむだけ。
必要項目には、呪って欲しい相手の学校とか、わかってる範囲で済んでる県とか市とか学校の名前を書きこむんだ
すると、管理人がその相手を酷い目に遭わせてくれるらしい。管理人が人間か、それ以外のものかは謎
つ 【どこぞのサイトのURL】
●(No Subject) / 名無しさん
No.687 - 201XX/XX/XX(Mon) 22:18:31
どうしても呪って欲しい人がいます。
私の大切な人を自殺に追いやったこの人に天誅を下してくれる方はいませんか。
名前は萬屋夏樹、七海高校二年生の男子高校生。
最寄駅は●●駅、埼玉県●●市●●町のあたりに住んでいます。
よろしくお願いいたします。
「捕まった男は……警察から聞いた話だと、あの掲示板をしょっちゅう見てた人物らしいんだ。人を呪い殺して欲しいって依頼するあの掲示板の書き込みを、神様のお告げだと思い込んでたらしい。それを達成することで自分の魂のランクが上がり、天国に行けるようになるとか思いこんでたみたいだ。……ひょっとしたら、あの掲示板が噂になったの、こいつが本当に天誅を下してたからなのかもな。あそこに依頼すると、本当に呪いが降りかかる!酷い目に遭う!みたいな噂が立ったのかもしんねえ」
「……ごめん理貴。マジでこれ……俺のせいだ。俺がもっと早く対処してれば……」
「こんなの誰にも予想できねえって。警察だって、こんな嫌がらせされてますってだけじゃどうせろくに動いてくれなかったよ。今回だって、依頼かけた人までちゃんと捜査してくれるのかは怪しいしな。悪ふざけって主張されたらそれまでだし。何にせよお前のせいじゃない、気にするな」
な?と理貴は笑ってくれるが。夏樹としては到底、承服できる話ではなかった。
確かに、捕まった男は夏樹と理貴を間違えて襲撃したのかもしれない。恐らく、●●駅周辺で、七海高校の制服を着ていた男子を誰でもいいから襲撃したというやつなのだろう。掲示板には身体的特徴は何も書いてない。理貴も夏樹も、帰り道では名札を外して歩く。本当に、運悪く勘違いされて襲われたのは間違いあるまい。
だとしても、だ。
自分が嫌がらせの犯人を放置していなければ。さっさと解決できていれば。あんな書き込みがされることもなかったし、巡り巡って理貴が酷い目に遭うこともなかったというのに。
「俺が、間違ってた」
ぎゅっと拳を握って、夏樹は告げる。
「猫をあんな風に切り刻んで殺してもいいって思うような奴を、放置なんかしてちゃいけなかったんだ。この書き込みだってそう。大切な人を自殺に追いやったっていうのが何なのかさっぱりわかんないんだけど、誰かが俺にそういうことされたと思って狙っている奴がいる。それこそ、俺がどれだけ傷つこうが、誰かに殺されようが構わないって思ってるやつが。……俺自身だけならともかく、次は本当に理貴も……他の友達や家族もみんな、死ぬかもしれない。そんなの、絶対駄目だ。なら、少しでも早く……」
もう、適当に誤魔化して逃げてなどいられない。今度こそ、八尾鞠花に本当のことを訊こう。あくまで状況的に怪しいというだけなので、決定的な証拠は何もない。またしらばっくれるかもしれないが、それでも。
「……八尾さんは、本当に犯人かもしれないぜ」
意外にも。そう口にしたのは、理貴の方だった。
「実はついさっき、俺のところに友達からLINE入ってさ。俺が怪我したって聴いて心配してくれたんだろうけど……そしたらこう書いてあったんだよ。“クマチって、九町恋花だろ。やめとけ、そいつに関わるのは”……って」
「クマチレンカ?」
「九つの町に、恋に花だ。……この名前、お前聞いた覚えないか?」
そう言われてみると、ずっと前にどこかで見たことがあるような気がする。記憶の片隅の片隅で引っかかっている程度なので、なかなか頭を叩いても出てこないのだが。
すると、理貴が苦い顔で、決定的な事を言ったのだった。
「……この女さ。百坂中の生徒だったらしいんだけど。……三年前に、校舎から飛び降りて自殺してるらしいのよ。好きな人に振られた、とかいう理由で」
***
理貴のお見舞いには、授業を休んで行っていた。夏樹が学校に戻ったのは夕方になってからのこと。――授業がほぼ終わる時間になったのには理由がある。単に病院がちょっと遠かったからというだけではない。どうしても、調べることがあったせいだ。
九町恋花。
自殺した女子生徒、と聞いてようやく思い出した。まったく顔も知らない女子だったことと、名前は朝礼で一度聞いただけだったので気づかなかったのだ。二度目に見た時はニュースで、しかも苗字が珍しいものだったからなのか“きゅうまちれんか”と誤植されていた気がするのである。結果、くまち、と聞いてもまったく夏樹の記憶にはかかってこなかったのだった。
正確には。自分の学校で自殺者が出たことそのものは衝撃的だったはずなのだが――そのすぐ後に弟が事故に遭って、まったくそれどころではなくなったというのが正しい。薄情と言われるかもしれないが、見知らぬ他人の自殺よりも双子の弟の事故の方がよほど一大事だったのだ。しかも、意識不明の重体で、入院の手続きやら世話やらバッタバタだったのである。
ただ、当時のネットニュースの記事は載っていたし、もっと言うなら百坂中学校の裏掲示板のような場所でもかなり話題になっていた。
ネットニュースには、自殺した九町恋花の写真も出ていた。それを見て、夏樹は今回の事件の真相がほぼほぼ見えてきたのである。
まだ、確実な証拠があるわけではない。もちろん例の掲示板の書き込みなどを警察が調べてくれれば話は別だろうが、夏樹にはそこまでのハッキング技術なんてものもないし、仮に開示請求をしても時間がかかるのは確実であるわけで。
ならば、別の方向でやれることをするべきである。
今回の事件の黒幕であろう人物の“誤解”を、即座に解くことだ。
――……もし、俺が思った通りの真相なら。……今までのことが、ほぼほぼ全部一本の線で繋がる。
理解はできる――納得はできずとも。
どんな理由があれ、罪もない子猫を切り刻み、無関係の理貴をあんな風に巻き込んだことは絶対に許せないけれど。
「……八尾さん、ちょっといい?」
「あれ?夏樹クン?どうしたんですか?」
対決しなければいけない。どれほど恐ろしくとも、悲しくとも、真実と。
自分も、彼女――八尾鞠花も。
「今日、一之宮君のお見舞いに行って学校休んでたんですよね?一之宮君、大丈夫なんですか?」
「それも踏まえて、話があるんだ」
鞠花に声をかけたのは、音楽室。今まさに、部活の準備をしていた頃である。鞠花は困惑したように、“今すぐに?”という顔をした。ひょっとしたら、今すぐ低音チームのパート練習の予定でいたのかもしれのかもしれない。
本当なら、もう少しタイミングを見計らうべきなのだろうと思う。だが、部活後には逃げられるかもしれないし、今日を逃すともっと事態が悪化することも考えられる。夏樹はコントラバスの先輩に声をかけた。
「すみません、緊急の話なんです。八尾さんをお借りしたいんですがいいですか?」
理貴も吹奏楽部だし、彼が通り魔的な男に襲撃されたことも、親友の夏樹がお見舞いのために学校を休んだことも皆に知れ渡っているだろう。少し戸惑った様子を見せたが、コントラバスの先輩は“わかった、早めにお願いね”と承諾してくれた。
夏樹は彼女に感謝を伝えると、鞠花の目をまっすぐ見て言う。
「人がいないところで話したい。あんたにとっても、凄く大事な話だ」
「私にとっても、って」
「それを言ったら、人に聴かれたくない話をここで喋ったも同然なんだけど?」
案に、それはあんたにとっても都合が悪いだろ、と伝える。それに、鞠花の方もいろいろと悟ったのだろう。わかりました、と硬い表情で頷く。
「だったら、屋上とかどうです?確か……ここの学校の屋上って、自由には入れましたもんね?」