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<19・該当。>

 恨まれる心当たりがあるかないかと言われれば、正直それらしいものは無いとしか言いようがなかった。

 夏樹が押し黙ると、理貴は“どんな小さなことでもいいんだ”と言い募る。しばし考えて、夏樹は。


「小さなこと、と言えば」


 うーむ、と考えて一言。


「この間、弟の部屋を掃除して、弟のベッドの下から大人向けの同人誌っぽいのを見つけてしまった。日焼けした筋肉質な美女があいつの好みだと理解した」

「た、確かにそれは後で冬樹君に恨まれるような」

「小学校の時、あんまりにも冬樹ばっかり告白されるし俺も仲立ちを頼まれるもんだから、ある女の子に呼び出されたときに“もう冬樹の仲介役をやらせるのはやめてくれ!本人に直接言え!”と怒ってしまった。結果、その女の子には泣かれて、隠れてた友人の女の子には引っ叩かれた」

「あ、マジでお前が目当てだった人だったのね……」

「中学の時に吹奏楽部でみんなでこっそり楽器交換して遊んでたら、先輩のトランペットのラッパ部分をぶつけて歪めてしまって無理やり手で直した。バレたら殺されるなと思った」

「が、楽器は大切になー?」

「高校で、教室の床に袋綴じグラビアのかなり際どいやつ?みたいな雑誌の切り抜きが落ちてたので、きっと理貴が持ってきたんだろうと判断してお前の机の上に置いてやった」

「あれやったのお前だったのかよこんちくしょう!俺だと思ったならせめて机の中に入れておけよ!?」


 こいつうううう!と首根っこを掴まれてぶんぶんと揺すられる。あ、また気持ち悪くなってきた、と夏樹は白目を剥きそうになった。何故だ。素直に恨まれそうな心当たりを言ってみたというのに。というか、あの際どい水着のおねーさんの写真はやっぱりお前が持ち込んでたのか。


「……ああもう、わかった、なんとなくわかったよ!お前、マジで心当たりとかないんだな?」


 やや呆れ果てながらも、理貴は言った。


「まあ、お前のクソ真面目な性格のせいで不利益を被ったやつはいたかもしれないけど、それはお前も覚えてなさそうだしな!というか、逆恨みの可能性も考えると、お前に心当たりなんぞ尋ねても意味はないのかもしれないが!」

「正直、冬樹が悪いか悪くないかは別としても、恨みを買いそうなのはあいつの方だとは思う。女の子関係で揉めることはあったし、ストーカーもいたし」

「ああうん……って」


 はた、と気づいた様子で理貴が顔を上げた。


「……なあ。冬樹クンがストーカーに狙われてた件と、お前が謎の恨みを買ってる件。繋がってたりって可能性は?」

「え」


 それは、まったく考えてもみなかった。まさか、冬樹を狙っていたストーカーが、今は夏樹を狙っているなんてことがあるとでも?

 確かに、ストーカーが死んでるっぽいというのは、京堂神社の十崎神主の証言から予測できた事実に過ぎない。冬樹が祟りを恐れて相談しにきていたのが事実でも、冬樹が怖がっていた幽霊がストーカーであったとは確定していない。そして、神主とはいえ彼が本当に冬樹に“纏わりつく死者の念”を感じたかというのも、彼の能力が本物だったと仮定した場合の話だ。


「冬樹を狙ってたストーカーが、俺を?……流石にそれはないだろ」


 考えられない、と夏樹は首を横に振った。


「ストーカーは死んでるっぽいし……もし生きてるなら、今でも気持ち悪いラブコールっぽい手紙とか嫌がらせとかがうちに来てもおかしくないだろ?」

「冬樹クンが事故に遭って昏睡状態、ってのを知ってるからかもしれないぜ?で、眠ってる相手に手紙出しても仕方ないと思ってるとか」

「け、けど理貴。おかしな見舞客も来た様子ないし……」

「冬樹クンをストーカーしてた人間が顔見知りでないとは言い切れないだろ。そもそもあの手紙の主が本当に女だって保証もない」

「それなら、なんで冬樹じゃなくて俺に?冬樹を手に入れたいなら眠ってる今なんて絶好のチャンスだろうに俺が狙われる理由は!?しかも俺は恋愛感情じゃなくて、殺意を向けられてるっぽいんだぞ!?」


 どうしても、理屈に合わない。

 夏樹がヒートアップしてきたことに気がついたのだろう。落ち着け、と理貴が肩を叩いてきた。


「あくまで可能性の話だ。確かに状況は、お前が中学生の時にいじめられたのとは違う。喧嘩が強いと言っても、眠った状態の冬樹クンを殺すのも拉致するのもまあできないことじゃない……いや、病院だから意外と難しいかもしれないけど、夏樹を狙うよりは簡単だろ、多分。それでももし、お前の方に矛先が向くなら……まったく別の件でお前が恨みを買ったか、お前と冬樹クンが間違えられてるか、あるいはお前がいると冬樹クンを手に入れられないと思ったかのどれかだろ」


 自分と冬樹が間違えられている――その可能性は思い至らなかった。確かに、双子ならばそういうことも考えられなくはないだろう。しかし。


「……俺と冬樹を間違えるってのはないだろ」


 ないない、と夏樹はひらひらと手を振って見せる。


「確かに背格好は似てるし、顔も似てないとは言えなくないけど……一卵性双生児じゃないんだから、ちょっと観察すれば別人だってすぐわかるだろ。ましてや、冬樹に恋愛感情だか殺意だかでやたら執着するような人間が、冬樹のことをよく観察してないとは思えないし、双子の兄弟がいることくらい知ってそうなもんだ。そんなやつが、俺と冬樹を間違えるか、フツー?」

「……そうか、流石にそれはないか」

「ああ。けどまあ、俺がいると冬樹を手に入れられなくて邪魔、ってのはありうる話かなと思う。双子だから、やっぱり誰より冬樹に近いところにはいるんだろうしさ……」

「確かに。その線が今は一番濃厚かもなぁ」


 とりあえず。現状、理貴にもわかることはここまでらしかった。お互い目線を合わせて、何度目になるかもわからないため息をつく。

 見えない敵に狙われている、というのは正直恐ろしくはある。しかもそいつは、子猫の首を掻き切って殺すことも躊躇わないくらい、残酷なやつなのだ。


「……猫の死骸に関してだけどな」


 理貴が少しの沈黙の後、口を開く。


「実は、ああいうセッティングをするチャンスは学校関係者なら誰でもあったみたいだ。教室の廊下側の壁……ほら、下の方に引き戸みたいに開くところあるじゃん?」

「ん?ああ」

「あそこの鍵が閉まってなかったらしい。だから密室なんかじゃない。誰もいなくなった夜に校舎に侵入して、あの廊下側の引き戸から教室に入り、猫の死骸をお前の机の上に置くってのは普通にできたと思う。職員室に先生は九時くらいまで残ってたから職員玄関から誰でも出入りできたし、うちの学校全然防犯カメラとかないし。警備員は見回りしてるけど、教室の中まで懐中電灯で照らして確認とかはしないから、猫の死骸があっても普通に見落とすと思うし」


 問題は、と眉を顰める理貴。


「あの犯行は、お前があのクラスのあの席に座ってることを知ってないと出来ないってこと。……まあ、机の中に入ってる人形?に別人の名前が書かれてたら人違い確定だけど、多分そうじゃないだろうなと思うし。……で、吹奏楽部の薔薇と同一犯だと仮定。そうすると、犯人候補はだいぶ絞られてくるような気がするんだよな」


 彼が何を言いたいのかは明白だった。

 夏樹のクラスと現在の座席の位置を知っている人間は、やはり同じクラスの人間である可能性が高い。

 音楽室のお願い事、のおまじないを知っている人間は他にもいるにはいるだろうが、吹奏楽部員はタブーとしてみんな知っていた。花瓶を見つけてくるのも、使ってない五線紙を出してくるのも、吹奏楽部員なら簡単であったはず。

 現状、同じクラスで吹奏楽部に入ってるのは三人だけだ。

 夏樹自身と理貴。それから。


「……八尾さんを疑ってるのか?そりゃ、俺も少し怪しいとは思ってたけど」


 状況的には疑いたくもなるのは確かだし、音楽室の方は夏樹だって疑念を抱いた。

 ただ、八尾鞠花は夏樹のことを“好きだ”と言っている。それが嘘だったとしても、憎い相手に告白するメリットは見えない。好きなふりをするだけで、自分にかなり精神的な苦痛を強いるような気がするのだが。


「あくまで可能性は可能性だ。ただ、万に一つ八尾鞠花が犯人だったら……ひょっとすると弟クンのストーカーの件にも関わってるかも?ってことになる。どっちみち要注意だろ」

「八尾さん本人がストーカーってことはないだろ。八尾さんは同じ中学だったわけでもないはずだし、冬樹と関わる機会もないはずだ」

「言っただろ、可能性の話だって。こうなったら、最悪のケースも考えて動いた方が良い」


 よいしょ、と理貴は立ち上がった。そして、うーん、と伸びをする。


「俺はそろそろ戻るから、お前はもうちょいここで休んどけ。机の中の人形にお前の名前が書いてあったかどうか、もそれとなーく確認してきてやっから。人形がもし本当に入ってたらその時は……後で一緒に体育倉庫裏の確認だな。まじで呪いがあるとは思わねーけど、気分悪いし、掘り返しておこうぜ」

「……なんか、悪いな、理貴」

「気にするな。なんなら、部活後に家まで護衛してやるよ。命を狙われる友達を守る俺様とか超かっこよくね?」


 シュッシュッシュ!とボクシングでもするように拳を構えて振って見せる理貴。にやり、と笑う彼はなかなか頼もしい。


「ヒョロヒョロで小柄なお前より、俺のほうが喧嘩は強い!たぶん!やったことないけど!」

「どっから出てくるんだよその自信!あと、俺はそこまでチビじゃないからなっ!!」


 本当に、何から何まで恩に着るしかない。おかげで、だいぶ気分も良くなったのだから。

 一人じゃないというのは、本当に大事なことだ。


「……ありがとな」

「おう」


 理貴が友達で、本当に良かった。

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