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<9・妄想。>

 あなたはきっと、わたしと初めて出会った日のことなど知らないのでしょうけれど。


 わたしにとって、まさにあなたは運命でした。

 初めて見た瞬間、この人しかいないと思えたのでした。

 わたしの目も、髪も、肌も、腕も、足も、胸も、腹も、心臓も、肺も、肝臓も、膵臓も、腎臓も、膀胱も、胃も、腸も、肛門も、子宮も、卵巣も、膣も、脳も、骨も。

 すべてすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべて、あなたに捧げるために存在していたのだと確信したのです。わたしにとって、まさにあなたは神様以上に敬うべき、愛するべき人だとわかったのでした。

 だからわたしは、神様に仕える信者のごとく、貢物を絶やさないことにしようと考えたのです。


 気に入ってくれましたか、わたしの手作りチョコレートは。

 気に入ってくれましたか、わたしのハンカチは。

 気に入ってくれましたか、わたしの手紙は。

 気に入ってくれましたか、わたしのシャープペンシルは。

 気に入ってくれましたか、わたしのティッシュは。

 気に入ってくれましたか、わたしの髪は。

 気に入ってくれましたか、わたしの、わたしの、わたしの、わたしの――、


 でも、あなたはわたしの存在に気づいてくれませんでしてね。いつもたくさんの笑顔囲まれていてあなたも笑っているのに、わたしはどんどん笑えなくなっていってしまった。わたしがいつも寂しそうに側に佇んでいるのに、あなたはわたしの方を見ることさえしてくれない。

 だから、わたしはあなたを手に入れるために、もっともっと努力をしなければならないと思ったのです。

 あなたにあげられるものが他にないか、きちんと考えなければいけないと考えて、考えて、考えて、考えて、考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えてかんがえてかんがえてかんがえてかんがえてかんがえてかんがえてかんがえてかんがえてかんがえてかんがえてかんがえてかんがえてかんがえてかんがえてかんがえてかんがえてかんがえてカンガエテカンガエテカンガエテカンガエテカンガエテカンガエテカンガエテカンガエテカンガエテカンガエテカンガエテカンガエテカンガエテカンガエテカンガエテカンガエテ――。


 やっとこたえ、みつけた。


 きっと、気に入ってくれますよね。わたしの、最大にして最高のおくりもの。

 たった一つしかないから、たいせつにしてね?


 愛しています、大好きな大好きな大好きな――ふゆきくん。




 ***




「なん、だよ、これ……」


 その手紙は、女の字で書かれたものだった。ピンク色の、うさぎが描かれた可愛らしい便箋。そこに真っ赤なペンの文字で、呪詛としか思えないような文字が刻まれている。

 しかも、それに自らの陰毛を包んでおくなんて、どう考えても正気ではない。カサカサに乾いているとはいえ、気持ち悪いことに違いはなかった。

 しかも、これらは冬樹の制服の尻ポケットに入っていたのだ。上着だったら脱いで椅子の後ろに掛けておくようなこともするかもしれないが、ズボンはトイレにでも行かない限り脱ぐことはない。ということは、本人が何らかの理由でポケットに突っ込んだのではない限り、誰かが本人が着ている時に後ろからズボンにねじ込んだということになる。

 結構鈍いところのある弟だ。授業中や休み時間に居眠りしていることもあるし、不可能ではないかもしれないが。


――いくらズボラな冬樹でも、こんな気持ち悪いもんをズボンに入れっぱなしにしておくとは思えない。てことは多分、知らないで突っ込まれてそのままになってた可能性が高い。そのまま母さんがクリーニングに出すの忘れてたってなら……。


 色々想像してしまって、夏樹は吐き気が込み上げた。手紙と毛だけで気持ち悪いのに、そいつは弟の尻ポケットに手紙を入れたのだ。つまり、高確率で弟のお尻に触ったということ。立派な痴漢、それだけで性犯罪だと思うのは敏感すぎるだろうか。

 しかも制服のポケットということは、学校に行っている間に入れられているわけで。そのストーカーは、同じ中学の人間であった可能性が高い。チャンスがあったかどうかで考えるなら、中二の時のクラスメートか、同じ部活、つまり吹奏楽部の人間か。残念ながら弟とは二年生の時同じクラスではなかったので、どんな雰囲気だったとかメンバーがいたとかは全然わからないのだが。


――くそ、あいつひょっとして……ストーカーに悩んでて、だから思い詰めてたのか?それに俺は、今の今まで気づかなかったなんて……!


 そう考えると辻褄が合うことも多い。

 というのも、ある時期を境に家のポストの手紙を冬樹が積極的に回収するようになったのだ。以前は面倒くさがって、メールボックスそのものを覗くこともしなかったというのに。本人に尋ねたら“おれだって、家族サービスくらいするんだからー”とかよくわからない答えが返ってきた気がするが。あれはひょっとして、家におかしな手紙が来ることを警戒していたのではなかろうか。

 そして、兄の自分にも両親にも何も話さなかったということは。本人は悩みながらも、騒ぎにならないように一人で解決しようとしていた可能性が高い。


――あいつ、成績は俺より悪かったけど頭の回転は悪くなかった。……もし、こっそり犯人を捕まえるつもりだったりしたなら……何か、証拠になりそうなものをこっそり集めて保管してたりするんじゃないのか?


 後悔も反省もあるが、それは今するべきことではない。

 冬樹のためを思うなら、今からでも自分にできることをするべきであるはずだ。ひょっとしたらそのストーカーは、今も冬樹を狙っているかもしれないのだから。


「って言っても……実際あいつが事故ってポスト見なくなった後、家におかしな手紙とか来てない、よな?」


 結局、家には直接郵送で変な手紙は来なかったのだろうか。それとも、冬樹の事故を犯人が知って、ぱったり手紙を家に送ってくることもなくなったとか?

 今の御時世、思いを伝える手段は手紙だけではない。むしろ、メールやLINEが中心で、古風に手紙を書くなんて人間は減っているはずだ。が、この犯人はわざわざ冬樹の尻ポケットにあんな気持ち悪い手紙を残している。直筆の手紙というものに、それなりに拘りがあったのは間違いないだろう。


――そもそも郵送って意外とリスクあるもんな。家に直接投函したら誰かに見られる可能性があるし、ポストに入れたなら消印がつく。そこから割り出される可能性もある。筆跡のこともあるし、指紋もあるし、本格的に警察の捜査が入ったら犯人が誰かなんて簡単に……。


 そこまで考えてから、この方向で推理するのは意味がないと気がついた。この犯人は、自分の正体がバレることなど恐れていない。むしろ突き止めてほしいとさえ思っているフシがある。そうじゃなければ、陰毛なんて気持ち悪いものを手紙に入れて包むなんてことしないだろう。DNA鑑定されたらこんなもの一発で割れるだろうから。

 ただ、リスク度外視で思いを伝えることばかり考えるような人間は、それはそれで恐ろしい。それこそ、失うものなど何もないと思いこんで特攻してくることも有り得るのだから。


――少なくとも俺が把握している限りで、家におかしな郵送物が来た記憶はないし、何か嫌がらせがあった記憶もない。犯人の執着は、学校に集中してたのかも。それこそ、手紙を靴箱に入れるとか、そういうのは昔からあるみたいだしな……。


 彼の学習机の中。さらには本棚。こっそりと証拠品となる手紙を隠していないか、場合によっては本人の日記のようなものがないかも捜索した。日記に関しては本人も他人に見られたいものではないだろうが、事件が事件である。冬樹本人から何も聞き出せない今、致し方ないことと割り切るしかない。


「ん?」


 案の定というべきか、ベッドの下に色々と物を投げ込んでしまう習慣があったようだ。子供の頃使っていたボールや、恐らく突っ込んだまま忘れていたのであろう野球バット。それに、ちょっとオトナ向けの同人誌っぽいもの(日焼けした筋肉女子好きだったのかこいつ、と夏樹はひきつり笑いをするしかなかった)。

 それらの奥一つ、妙な箱があった。元は和菓子か何かの箱だったのだろう。薄緑色のパッケージはやや茶色く酸化してしまい、文字が読みづらくなっている。これか、と思って埃に蒸せながらも、夏樹はそれを引っ張り出した。

 大量の埃と一緒に、出現した箱。これはもう一回掃除機を掛け直すしかなさそうだと思いながら、箱にかかっているビニール紐を外していく。埃まみれの紐は、夏樹が触ると縦に裂けて、さらにボロボロになってしまった。後で結び直す際は、新しい紐に変えてやったほうがいいかもしれない。どうせ、箱を見つけたことはバレるだろうし。


「これ……」


 中から出てきたのは、何通もの封筒だった。思った通りだ。どれもこれも、“萬屋冬樹様”と書かれている。差出人の名前は、ない。中には、先程自分が見かけたような手紙が入っているようだった。また人毛が出てきたら気持ち悪いと思っていたが、幸いにしてそれらしいものが入っている封筒はないようだった。

 試しに一通、手紙を取り出して中を見てみる。




『冬樹さんこんにちは。

 今日は体育の授業でとっても活躍していましたね。音楽も得意なのにサッカーもあんなにできるなんてとてもステキです。

 わたしの声が一番大きくひびいてましたよね。わたしの声、ちゃんと届いてましたよね?あなたが手を振り返してくれたのはわたしですよね?


 わたしはあなたの将来のお嫁さんになるために、今はたくさん家事の練習をしているんです。早く、あなたに手料理を食べさせてあげたいです。

 結婚したら、可愛い白い家に住みたいですね。おそうじが苦手って言っていましたけど、大丈夫です、わたしがぜんぶやってあげますから心配はいりません。


 次のバレンタインには、いちばんたくさんチョコをおくりますから期待していてください。どんなものがいいか、リクエストがあったら教えてください。

 それとも、わたしがどこまであなたの心を理解しているのか試しているのかな?それもステキです。わたし、きっとあなたの期待に答えて見せます』




――完全に、自分の世界に入り込んでるよこいつ。


 気持ち悪いマジ気持ち悪い。そう思いながら何通か検めたが、どれもこれも内容は似たようなものだった。中には将来の夫婦生活に触れるものもあった。正直、本当に理解できない。

 と、吐きそうになったところで、ある封筒の裏に気づいた。そこに、一枚のメモが貼ってあったのである。もしや、と思ってみればそれは冬樹の字だった。

 ボールペンで、“多分、ぜんぶ、クマチ”と書いてある。


「……クマチ?」


 人の名前か、何かだろうか。夏樹は首を傾げたのだった。

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