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<7・電話。>

 世の中にはメールが好きなやつ、LINEが好きなやつ、電話が好きなやつがいる。

 てっきり一番最後の“電話が好きなやつ”は女子が多いとばかり夏樹は思っていた。思っていたのだが、高校に入って理貴と出会い、その認識を改めることになるのである。

 世の中にはお喋り好きな男子も存在する。それも、さながら近所のオバチャンよろしく、一度電話を始めたら超長くなるやつが。


『女の恨みってマジで怖いなってー!』


 呆れ果てている夏樹をよそに、今日も今日とて午前中から電話越しに理貴はよく喋る。そりゃあ、今日は土曜日で特に用事がないのも事実だけれど。


『好きになったその人が、自分のことを全然見てくれないってなったら悲しいのはわかるぜ?でも、だからって“どうせ自分のことを好きになってくれないなら殺してやる”だの、“一生消えない爪痕刻んでやる”って発想が本気でわかんねー。本人の目の前で首吊り自殺したっていうんだよ。お前のせいで私は死ぬんだ、ざまあみろ!って言いたいのかもしれないけど……命がなくなったら意味なくね?』

「ああ、うん、そうだな……」

『そもそも、その女のことを男は全然好きでもなんでもないし、むしろ嫌ってたんだぞ?そりゃ、目の前で死なれたら嫌な気持ちにはなるだろうが、一生の心の傷ってやつを望んだ形でつけられるかというと……。精々、一生“気持ち悪くて最低な女だった”って覚えられるだけじゃん。好きになってもらったり、悲しんで貰えるはずもなし』

「うん、まあ……」

『でさ、首吊り死体って凄い汚いんだよなあ。ひょっとして、その男に助けて貰うことを期待してたかもしれないけどさ。うまく助けて貰えなかったら、その男に超汚い死体を晒すことになるだけだろ。涎垂らしまくり、失禁しまくり。……俺だったら、そんな死に方嫌だけどなあ。いっそ、原型も留めないくらいぐちゃぐちゃの方がまだマシとか思っちまう……』

「理貴」


 最近知った“髪の長い女の幽霊の話”をつらつらと語り続ける理貴。これはさすがにストップかけないとエンドレスになる奴、と夏樹は悟って彼の名前を呼んだ。


「えっと、そろそろ本題入って貰ってもいいか?八尾さんについて、何かわかったことがあるんじゃないの?」


 ちなみに此処は自宅。今日は両親共に出かけているので、家には夏樹一人である。リビングでソファーに座って、理貴と長い電話をしている最中というわけだ。

 彼の長電話が嫌いなわけではない。殆ど夏樹は聞き役になるわけだが、そもそも理貴は話すのが非常に上手い人間であるため、どんな話題であっても大抵面白いのだ。愚痴が混じることもあるが、生来彼がポジティブ人間ということもあってそこまで深刻な話にはならない。せいぜいレベルとしては“小金井こがねい先生のテストが鬼すぎて死ぬ!あの悪魔め!”くらいの罵倒が時々出てくるくらいである。

 普段なら、彼の長話をそうそう止めることなどない。今日は部活もないし(コンクール直前以外は、吹奏楽部は土日休みなのだ)、正直いって出かける予定もないのでヒマなくらいなのだから。ただし、今回は例外だ。なんせ、夏樹の方にも用事がある。


「昨日本人と話したんだけどさ、なんていうかロマンな言葉使って煙に巻かれた感が強くて。結局、本当に俺が好きなの?どこが好きなの?みたいなことが全然聞けなかったわけ。……運命を感じたから告白したみたいなこと言われたけど、俺はあんまりそういう非合理的なことは信じてなくて」

『夏樹クンはロマンないよなー。そのロマンない男があの超絶美少女にモテており、クラスの女子にも人気があるという理不尽な現実に俺は大変泣きたいです爆発シロ』

「流れるように罵倒すんなコラ。そもそも俺のモテって冬樹と比べたら一般常識レベルだからな?」


 バレンタインやらモテやらの話が出るたびに、冬樹の異常なモテぶりを思い出して辟易するのである。よくよく考えたら彼のモテ伝説は、幼稚園の時にはもう始まったいたような気がする。顔立ちは夏樹と似ているのに、彼の方が遥かに愛嬌があったというのも大きいだろう。遡ってみれば、幼稚園の先生からもものすごくかわいがられていたような記憶があるし、女子達から“ふゆき君はしょうらい、わたしのおむこさんになるのー!”とか取り合いされていたような。

 理不尽と言いたければ、ぜひとも冬樹が目覚めたあとで彼に追及してほしいものである。ちなみに、それだけモテていたのに冬樹本人は中学で事故に遭うまで誰とも付き合った形跡はなかった。女の子は可愛くて好きだけれど、他人のために時間を使う余裕がないから無理、とのこと。いっそ潔くて良いなと思ったものである。確かに恋人を作れば、嫌でもその相手のために時間を取る羽目になる。そういうのが嫌な人間は、いっそ彼女なんか作らない方が無難なのだ。

 実際自由奔放すぎる彼が女子なんかと付き合ったら、血を見る騒ぎになっていたかもしれないと思う。わりと冗談抜きで。


『冬樹クンはもはや論外のレベルなので勘定に入れてないデス』


 電話の向こう。恐らく超真顔になっているであろう理貴の、切ない声が聞こえた。


『……と、それはいいとして……いやよくはないんだけど。その、八尾鞠花サンな。八尾さんが通ってた三参道高校にいる友達の何人かに話聞いたんだけど……まあ評判の良い女子だったみたいよ。美人過ぎて近寄りがたいとか、近く通ったらいい匂いがしたとか、お付き合いしたいというより女王様コスして踏まれたいとか変態的な意見も数多く寄せられましたが』

「その情報いる?ねえいる?」

『うるせえ、常識人だと思っていた友達がドМだったとつい昨夜知ってしまった俺の気持ちが夏樹にわかるかよぉ!……と、とにかく。男子からは遠巻きにされてることが多かったけど、女友達は多くて明るい性格だったんだってさ。ただ、一つだけ気になる証言があって』

「ん?」

『髪を、結ばなくなったらしい。突然』


 深刻そうな声を出すから何かと思えば、そんなことか。夏樹はため息をつく。


「そりゃ、誰だって髪型くらい気分で変えるだろ。結ばない方が良いなーって思ったからイメチェンしただけなんじゃないの?」


 男子以上に、女子にとって髪型というものは大切に違いない。恋に破れたから髪を切る、というのは今時流石に古臭い迷信だとは思うが、少し暗い気持ちになる出来事があって気分転換のために髪型を変えるということもあるだろう。何がそんなに問題なのか。


『いや、それが。鞠花サンって、陸上部だったらしいんだよ。ものすごく幅広くやってたらしくて、短距離から長距離、はたまたホーガン投げまでやってたんだと。細く見えるけど、あれで結構制服の下は筋肉凄いのかもな。腹筋バリバリに割れてるとか?それもそれでちょっとカッコいいな、うん。まあ何が言いたいかっていうと、陸上とかやってる人間は髪結ばないと邪魔なわけだよ。実際、彼女は高校に入って髪を伸ばし始めてから、ずっと競技のためにポニーテールみたいにしてたんだって』

「ああ、そういうことか。……確かに、そういう人が髪を結ばなくなるのって、競技をやめちゃうんじゃ?って周りは不安になるかもな」

『だろ?実際、うちの学校に転校してきてから、八尾サンって運動部じゃなくまっすぐ吹奏楽部に来てるんだよな。陸上部で、一年生のうちから結構良い成績出してたみたいだし……普通は転校先でも陸上やりたがると思うんだけど。陸上を諦めてでも、吹奏楽部に入る理由があったってことなのかね』

「…………」


 吹奏楽部に入る、理由。




『出会った瞬間、貴方には運命を感じました。この人と一緒にいたい、付き合いたい。その時間を少しでも長くするためには、私も吹奏楽部に入るのが一番いいって。……一目惚れって、そういうものじゃありません。私はもっともっと、貴方のことが知りたいんです。だから、もっと貴方のことを私に教えてください。そして私のことも、好きになって欲しいな』




 熱に浮かれたような鞠花の言葉と表情を思い出していた。言葉だけ見れば、恋に恋する夢見る乙女のそれかもしれない。でも、あの眼は物語っていた――彼女の言葉には嘘がある、と。本当のことを、何一つ語っていないと。

 陸上部でうまくやれていたのに、見向きもせずに吹奏楽部に来た理由。彼女にとって、夏樹に近づくことは、今までの青春を捨てる価値があるほどのことだったというのか?それは、本当に夏樹に恋をしたから?それとも――何か、恨みでもあって?


――でも、俺は彼女に会ったこともないし……多分中学校も一緒じゃない、よな?


 過去に接点があったわけ、ではないのだろうか。

 彼女が転校してきたその日に何か特別なイベントでもあっただろうかと思ったが、生憎そういう記憶もない。


『そもそも、髪を結ばなくなったのと同時になんか性格も変わったって言うんだ。もっと活発な女の子なのに、お嬢様みたいなキャラになったっていうか。男子は、そのキャラ変も可愛いーって盛り上がってたらしいんだけど、女子達の中にはちょっと気味悪がってた人もいたんだと』

「キャラ変したのか?転校直前に?」

『おう。ちなみに、彼女は六場むつば中学の出身だったらしくて、中学から彼女を知ってるって奴も見つけたんだけど……中学の頃は彼女、ずーっとショートカットで男子みたいな髪型だったんだってさ。で、もっとボーイッシュな女の子だったって』

「はあ?あの八尾さんが?」

『そう、あの八尾サンが。高校に入る少し前から髪を伸ばし初めて今の長さになったんだとさ。ショートカットでも充分目立つくらいの美人だったもんだから、中学の時から有名人で……そいつも、同じクラスになったのは二年生の一回だけなのに、ずっと目で追いかけてたから知ってたという』

「……ストーカーにならないように言っておけよ、一応」


 一人の女の子が、そう何度もキャラ変するものなのだろうか。髪型を変えることそのものは珍しくはないが、だとしても慣れ親しんだ髪型を変えるのはそれなりに勇気がいるものだ。

 そもそも、キャラ変とセットであるというのは違和感がある。何か、彼女の性格に影響が出るような出来事でもあったのだろうか?


『あとわかってることと言えば、八尾さんの両親が離婚してるってことと、お姉さんがいるってことと、怖い話が結構好きってことくらい?……大した情報ねえな。とりあえず、八尾さんの中学の時の友達とか知り合いとか、もう少しなんか探せないか調べてみるよ。お前が、突然一目惚れなんてありない!って警戒したくなるのもわからないことじゃないしな』


 うんうん、と一人で納得するように頷きながら理貴は言った。


『また何かわかったら連絡するー。まあ、付き合ってみたら案外良い子かもだぜ?ていうかあんな美人を振ったら勿体ないだろ普通に考えてー。あんまり告白の返事を待たせるのも悪いし、早めに結論出せよな。じゃ』

「ああ、うん……」


 電話は、そこで途切れた。なんだか探偵の調査でもやらせているようで申し訳ないが、本人がそこそこ楽しんでいるようなので良いだろうか。彼の広い人脈には感謝しかない。


――確かに、本当に好きになってくれたんなら……早く、イエスかノーか言わないと申し訳ないとは思うんだけど。


 なんだろう、とスマホをじっと見つめて夏樹は思うのである。

 何故だか、あの八尾鞠花と自分が付き合うビジョンが見えないのだ。あんな美人なら、ともっと浮かれてもいいはずなのに。

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