準決勝第一試合。
わたしこと鳴海千尋VS
「よろしく」
朴さんは眼鏡のフレームに触れて微笑む。
「よろしくお願いします」
わたしは心臓がばくばくいっていた。彼は強すぎる。
試合開始。彼の使用キャラはアサシンのグルガン。わたしはいつも通りキース・ストライダー。
対戦台越しに彼を見るとモニタの反射で眼鏡レンズが光っている。なにを考えているのかわからない。
第一ラウンド。
開始とともにグルガンは猛ダッシュからジャンプ! 空中戦を仕掛ける気だ。
キースを飛び越したことでガード方向が瞬時に逆になる。このような現象は『めくり』といわれている。わたしはかろうじてガードした。
着地してからのグルガンの猛攻! 隙の少ない通常技の連係に固められてしまった。
さらにガード方向を上下に揺さぶってくる。一発喰らってしまった。
それを起点にコンボがはじまる。弱パンチの連打から弱キックをキャンセルして必殺技『アサシン・ストライク』→追加入力技『セカンド・ストライク』→『サード・ストライク』、技を喰らって吹っ飛んだキースにグルガンはさらに追い打ちをかける。いつコンボが終わるの?
わたしはバーストで切り抜けることも忘れてしまった。コンボが終わったときキースのライフは八割減っていた。グルガンはノーダメージ。
必死にグルガンに近づこうとするが彼は距離をとった。タイムアップすればライフの差でわたしが負ける。グルガンが挑発技『アサシン・フェイス』をだす。
グルガンの哄笑とともにキースの必殺技ゲージが減少した。ただでさえ少ない勝機が絶望的になる。
わたしはグルガンに接近するためにダッシュしてしまった。これが悪手だった。
グルガンは垂直ジャンプから強キック! キースはKOされた。パーフェクト負けである。
わたしが手汗で指が滑りそう。もうだめだ。申し訳ない気持ちで姫川さんを見やった。
「千尋! 相手の土俵で戦っちゃだめだよ! マイペースマイペース! 一本取りかえしていこう」
姫川さんは人差し指で天をさす。照明に照らされた彼女は輝いていた。。
わたしの心の闇に一条の光がさした。姫川さんがわたしのことを名前で呼んでくれた!
わたしは自分の両頬を平手打ちして気合いを入れ直した。気持ちで負けるもんか。
第二ラウンド。
一戦目と同じようにグルガンは飛びこんできた。飛び蹴りを
わたしはコマンドを入力した。キースの必殺技『かわいそうだが死んでもらう』がヒット! 倒れ込んだグルガンに起き攻めを仕掛ける。
ダウンしたキャラクターは一時的に攻撃を与えられない無敵状態になり、起き上がるまで一時操作不能になる。ダメージ判定が復活する瞬間を狙った連係を起き攻めというのだ。
グルガンにジャンプ攻撃すると見せかけてそのまま着地。すばやくコマンド入力。画面が暗転した。超必殺技『なにも知らないやつらに思い知らせてやる! おれの見た地獄を‼』がヒット! ライフを大幅に削り、試合を有利に運んだわたしが第二ラウンドを勝利した。一本取った。どうだ!
第三ラウンド。お互いに負けられない。
グルガンは攻めてきた……と思ったら中間距離で牽制をしている。わたしの操るキースは投げキャラクター。接近するしかない。グルガンはそれを待っていた。
立ち弱パンチからコンボを極めようとする。わたしはバーストで阻止! なんども同じ手を喰らうものか。
すかさずコマンドを入力、必殺技『ばりばりに引き裂いていやる』がヒット!……したと思った。グルガンの体が青白く光る!
全身無敵のバーストで『ばりばりに引き裂いてやる』を躱したグルガンは獲物に襲いかかるヒョウのごとくキースに攻撃した。
隙の少ない通常技を華麗につなぎ必殺技へ移行、『アサシン・ストライク』から追加入力技『セカンド・ストライク』そして、『サード・ストライク』をEXキャンセル超必殺技『絶命弾』!
絶命弾によってキースは全身の血液が逆流してKOされた。負けた。姫川さんと戦うまえに負けた。
天文部の部室であんなに練習したのに……。みんなに期待されていたのに……。涙袋に液体が溜まっていく。それでもわたしは目を閉じなかった。
「対戦ありがとうございました」
声にならない声をだした。姫川さんを見ると伏し目がちにうなずいていた。彼女の瞳は潤っていた。わたしのために泣いてくれた……。
決勝進出者に勝利者インタビューが行なわれた。
「彼女がキースを選んだ時点で敗北は決定していた。われわれはこのゲームを日本人よりやりこんでいる。技の一つひとつの有効性を研究しつくしている。このゲームは日本で開発されたが世界最強は韓国です」
わたしは奥歯を噛んだ。敗北者はなにも語らず。せめて潔い態度を取ろう。