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6-4 初戦

わたしが整理番号を見ながら対戦席に座ると下品な笑い声がする。


「女か? 楽勝だな」


対戦相手である黒いTシャツを着た十代の男子がわたしをあざけわらっている。

以前のコミュ障なわたしならお口にファスナーをしておどおどするだろう。

いまのわたしは違う。


『聖少女暴君』姫川天音の一番弟子なんだから!


「育ちが悪いですね」


生まれてはじめていじめっ子に毅然とした態度を取ったわたしの心臓は蒸気機関車のような爆音を奏でている。


「んだと? 格闘ゲームは女子供がやるもんじゃねえんだよ」

男は不快そうに顔をしかめた。見るにたえない醜い顔だ。


「勝負とはげたを履くまでわからないものです。対戦相手をなめくさっていると足をすくわれますよ」

その声の主はわたしではなかった。


九条沙織さん! 九条さんもわたしと同じブロックなのだ。わたしの席の後ろから応援してくれている。


「また女か? ふん、まあやればわかるさ。おいそこの女。おれが勝ったらおれの女になれよ」


男は九条さんになめまわすような視線を絡みつかせる。彼女は鳳女学院の生徒会長にして芸能人並みのルックスである。


「あなたは紳士ですか? それとも世紀末に奇声をあげて走り回る雑魚ですか? 鳴海さん! やっつけてやりなさい!」


「ラジャ!」

わたしは敬礼した。

さすが九条さん。このブロックで対戦することになるが強い味方だ。



試合開始。

男はまさに奇声をあげながら襲いかかる。


男のキャラクターは蒼の騎士ユークス・アージェント。原作小説では二巻に登場。神聖エルファリア王国四天王のひとり。

原作小説では目立った活躍はないがこのゲームではAランクキャラクターに数えられている。


前ダッシュで猛然とわたしが操るキースに接近してそこから必殺技『魔剣スタードロップ 一ノ太刀』を放つ。


ダッシュからの必殺技にわたしが対応できないと思ったのだろう。

わたしはパーフェクトディフェンスした。


開幕と同時に前ダッシュから技を放つのはタイミングを読み易い。悪手だ。


「なにィ!」

男は女性であるわたしがPディフェンスを繰りだしたことに驚嘆している。


Pディフェンスのタイミングは格闘ゲーム初心者が狙ってだせるものではないからだ。


わたしはすかさずキースのコマンド投げ『全員皆殺しだ』を放つ。

声優が吹き込んだキースの笑い声のSEが響く。


開幕と同時に流れを掴んだわたし。ミスはなかった。

じりじりと距離をつかみ通常技、必殺技でライフを削っていく。


画面が暗転した。

ユークスの超必殺技『魔剣スタードロップ 真ノ太刀』だ。


抜刀したユークスがコンマ数秒の間に画面を駆けめぐる。

無数の攻撃判定がキースに襲いかかる。


わたしの眼はユークスをとらえていた。左右に揺さぶられるガード方向を見極め確実にガード!


ユークスの疾走が終了する間際の隙を見逃さなかった。

画面が暗転する。


キースの必殺技『なにも知らないやつらに思い知らせてやる! おれの見た地獄を‼』がヒット! 超必殺技KOの特別な演出によって画面が派手に点滅した。


ギャラリーの歓声があがる。背中に九条さんの視線を感じる。彼女はなにもいわない。


まだ第二ラウンドが残っている。手負いの獣を仕留めるまで油断してはいけないのだ。


第二ラウンドはわたしのパーフェクトKOで勝利した。男は年齢に見合わないほど狼狽している。


「さきほどの暴言をわたしたち・・に謝罪してください」

わたしは対戦台の向こうにいる男を睨んだ。


九条さんが扇を拡げる音が背中側から聞こえる。きっと彼女は微笑んでいる。


「畜生! 覚えてろ!」


「ちょっとあなた、対戦はまだ残っていますよ! 待って!」


男は陳腐な遠吠えとともにスタッフの制止も聞かず会場から走り去っていった。

わたしと九条さんはハイタッチした!


つづく


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