文化祭当日ふらっと部室に現れたマリン・ブルーの髪を持つ少女黒咲ノア。彼女はどぶろく中学校の三年生で格闘ゲーム『メディウム・オブ・ダークネス』をやりこんでいるゲーマーだった。彼女が微笑むとくちびるのピアスが光った。
姫川さんが部室に置いておいたMODの原作小説とアーケードコントローラーに興味を示した彼女。
部長である姫川さんと会ってみたいという。彼女がこの学校に入学してわたしたちの仲間になってくれればeスポーツ部発足に必要なメンバーが集まる。
「しかしあなた中学生にしては世界観あるわね。良いと思うわ」
折笠さんが彼女の奇抜なファッションを全肯定する。
「嬉しいっす! ピアスも本当は舌にするつもりだったんすよ。パパがめっちゃ怒って、お尻ぺんぺんされた。一生口きかない」
「良いお父さんね」
「でも悔しかったからくちびるにピアスした。そしたら家庭内勘当された」
「家庭内勘当。なんだそれ」
「もうすぐ受験が近いし、そんな格好してたら内申書に響くぞって親や教師に脅されて、ボクは泣いているでござる」
「親心に気づいて! うちの学校校則ゆるいからおすすめよ。生徒の将来をサポートする気ないもん」
折笠さんと黒咲ノアちゃんの会話は歯車がかみ合っていないみたい。
「それはどうなんすか。でも髪を染め直さなくても良いっすね!」
「うちの部に入ればいいのよ。(小声で)学校に内緒で格ゲーできるよ」
「おおっ! すばらショー!」
「すばらショー?」
「ボクが開発したノア言語です」
【素晴らしいとロシア語のハラショーをかけている。最高という意味】
「そうなのね。あと百年もすればあなたの時代が来ると思うわ」
微笑んだ折笠さんの視線は笑っていない。細めた彼女の視線は汚物を見る眼差しだった。
「過分なお褒めの言葉、身に余る光栄に震えております」
ノアちゃんは折笠さんに一礼した。
ノアちゃんは気づいてないけど、折笠さんの言葉は皮肉だったと思う……。
「ところで姫川さんはまだなのですか」
「姫川はもうすぐきますよ」折笠さんはそういうが彼女は待ちくたびれてしまったみたい。
「ごめん。友だちと約束があるんだ。去らば今生!」
【去らば今生とは人との出会いを一期一会とするノア言語である】
「死ぬつもりか⁉」
折笠さんが仰天する。
「さよならって意味っす!」
ノアちゃんは風のように立ち去ってしまった。
「明日も来て! 待ってるから!」
ああ、もったいない。
「姫川さん、遅いですね」わたしこと鳴海千尋は部員を勧誘する機会を失ったことを嘆いた。
「はっ、まさか学生カップルコンプレックス! いますぐ全校の女子トイレにヒメを探しに行ってきて!」折笠さんが血相を変えて叫んだ。
「そんなぞうきんを探すみたいな言い方しなくても」
姫川さんは学生カップルを見るとジェラシーで行動不能になる進行性の難病学生カップルコンプレックスに冒されている。
わたしが女子トイレを見まわると二階の女子トイレの個室に姫川さんがいた。
白目をむいて死ぬ寸前のゴ〇ブリみたいにピクピクけいれんしている。こりゃ重症だ。
「どうしたんですか⁉ 姫川さん」
「ああ、鳴海さん……。文化祭を見学に来た学生カップルを目撃して発作が起きたの。目をつむっているからあたしを部室まで案内して」
わたしは姫川さんを連れて部室まで戻ってきた。
「姫川さん、いま罠にかかった獲物が」わたしは姫川さんに状況を説明した。
「言い方ね」折笠さんが苦笑する。わたしこと鳴海千尋もこの部の人たちに感化されてきたらしい。
「部員に勧誘できる子がいたのね。会ってみたいな」
姫川さんがフランクフルトを食べながら話す。
「食べるのか、しゃべるのか。どっちかにしなさい」
折笠さんに叱責されて姫川さんはもぐもぐした。
「食べるんかい!」
結局その日は、ノアちゃんは現れなかった……
つづく