【村雨初音 視点】
もう下校時間。天文部ミーティングが終わるとわたくしこと村雨初音は敬愛するお姉さまである姫川さんと下校した。
わたくしはうつむいて地面に伸びる自分の影を見つめる。
お姉さまの影がわたくしと重なった。
「村雨さん、今日ちょっと元気ないね」
「さすがお姉さま。わたくしのことをなんでも御見通しですね」
「いやいや」
わたくしはまた影に視線を落とした。
「じつはですね。コンテストの結果がでたのです」
「以前話していた小説家のヤロウとナクヨムのコンテストだね」
「はい。一次選考にも残りませんでした」
お姉さまは無言だった。
「わたくしはミジンコです。ちっぽけでなんの才能もない。読者さまからの評価もいただけないし続けるのつらくなってきました。初投稿したときはノーベル文学賞も夢ではないと思っていました。あのときの高揚感はどこへやら。
なにが書籍化ですか。夢はアニメ化? 笑っちゃいます。わたくしは矮小な微生物と同じです。なんの力もない。現実を変えられない。
井のなかの蛙は井戸の底で一生を終えるのです。空の青さを知っていてもなんになりましょう。わたくしが見たい景色はそんなものではないのですから」
そこまで言い終わるとお姉さまのつぎの言葉を待った。
「自分の悪口言って楽しい? 気がすんだ? ミジンコに小説は書けないと思うけど」
突き飛ばすような言葉選びに衝撃を受けた。そして後悔した。
自分を卑下したわたくしをお姉さまは見捨ててしまわれたのだ。
視界がふにゃふにゃに歪んでしまう。
わたくしの涙滴が焦点をめちゃくちゃにした。
「村雨さん。あたしの好きな言葉を教えてあげようか。とっておきだよ。
―虹が見たいなら、雨も我慢しなくちゃね」
わたくしは眼鏡を外し裸眼でお姉さまのご尊顔を見つめる。彼女はトワイライトを背景に微笑んでいた。
その言葉はわたくしの心に染みわたり、涙雨に虹がさす。
わたくしは子どものように顔をくしゃくしゃにして人目を憚らず大声で泣き喚いた。
お姉さまはわたくしをそっと抱きしめ、その胸でわたくしの涙を吸い取ってくれた。
「村雨さんはきっと虹が見られる人」
彼女の言葉に涙腺が決壊した。
夕日が天を焦がし、わたくしたちをシルエットだけにする。言葉は要らなかった。
ツクツクボウシだけが命を燃やすように啼いていた。
『虹が見たいなら、雨も我慢しなくちゃね』
原文If you want rainbow,you gotta put up with the rain.
ドリー・パートン(アメリカ合衆国のシンガーソングライター)