【鳴海千尋 視点】
文化祭の準備は滞りなく進んだ。文化祭は準備が一番楽しい。わたしこと鳴海千尋は天文部の部室で文化祭の飾りつけをしていた。
みんなで共同作業して目的に向かっていくからだ。
村雨さんの顔はいままでで一番生き生きしている。色白なほほがかすかに紅色に染まる勢いだ。なにか吹っ切れたい。
ちなみに合宿で撮影したペルセウス座流星群の動画配信のほかにこの季節の夜空のイラストと説明の展示もやることになった。
「わたくしは文化祭前日を永遠に繰りかえす夢を見ているのではないでしょうか。それくらい幸せです」
村雨さんは輝く汗を拭いた。
「そこ。すでにそういう作品は存在しています。類似性を指摘されるわよ」
「そうなのですね。世界は広いです。お姉さまは博識ですね」
村雨さんは眼鏡を調節した。彼女は目立たないけど美人だ。眼鼻立ちは良いし、色白で顔にあるみっつのほくろがチャームポイントになっている。
「映画館に観に行ったもん」
「うそをつくな! あんた生まれてないでしょうか」
「ばれたか。若いころは一日に一本映画をレンタルして見ていたわ」
「いまも充分に若いと思うけど」
姫川さんと折笠さんのやり取りは長年連れ合った夫婦のよう。
ふふ、でもわたしも村雨さんと同じ思いだった。
みんなのことが大好きだった。大好きな人たちとチームワークで絆を深めていく作業である。いまという一瞬が永遠に終わらないでほしい。
もしかして、一瞬と永遠は同じものではないだろうか。
こんなことを考えるわたしって、哲学者だな。
きっとわたしは永遠に忘れないだろう。
この部室で過ごした日々とその景色を。
護国寺先生もこの時期は部室によく顔をだして様子を見に来ていた。
「おれに手伝えることはないか」
「じゃあ、展示物を貼るの手伝って」
護国寺先生は背が高くてわたしたちが踏み台を必要とする高さをいとも簡単にクリアしている。
「いいねえ。やっぱり男の身長と年収は高いほうがいいわ」折笠さんが茶化す。
「おれの年収が平均以下で悪かったな」
「年収なんて。わたくしたちには関係ありません。愛です。この世界でもっとも尊いもの。それは愛。そうですよね。護国寺先生」
村雨さんは先生に言い寄った。
「なにも答えられません!」
「あの告白は遊びだったのですか」
「告白していませんから!」
「わたくしは子どもが百人欲しいです」
「ええっ! そんなにでないよ!」
「なにがでるのですか? 先生」
「いや、忘れてくれ。失言だった」護国寺先生はあわてて取り繕った。
「村雨さん、いつ夢から覚めるんだろうね」
「そのとき修羅場になりそうだわ。楽しみね」
護国寺先生と村雨さんのやり取りを遠目に見ていた姫川さんと折笠さんが小声で話しているのが聞こえてしまった。
つづく