わたしこと鳴海千尋はミーティングに参加していた。姫川さんはホワイトボードに文字を書きだす。美しい字だった。
「文化祭で天文部は夏休みに撮影したペルセウス座流星群の映像配信とそのストーリーテリングをやります」
「ストーリーテリングとは?」
「わたしたちが合宿で経験したことと、星座に関するエピソードを語る。この原稿は村雨さん。あなたにやってもらいたい」
「わたくしですか⁉」
「村雨さんは小説を書いている。良い経験になると思う」
「責任重大ですね」
「残りのメンバーは交代でお客の勧誘とストーリーを皆さんの前で語ってもらいます」
「ええっ! わ、わたし、無理です」
あがり症のわたしは思わず声をあげた。
「無理にやってもらおうとは思わない。でもね、鳴海さん。誰にだってはじめてがあるのよ。みんな勇気を振り絞って震えながら最初の一歩を踏みだすの。いまじゃなくてもいいけど。いつかそのときが来ることを覚えておいてね」
「姫川さんにも最初の一歩があったんですか」
「それはもうガクブルよ。生まれたての小鹿のように震えていた。おびえながらね」
姫川さんはわたしと視線を合わせた。彼女のアクアマリンの瞳に見つめられると不思議な気持ちになる。
彼女に見つめられると、自分にもなにかできるんじゃないかって気になる。
わたしは一グラムの勇気を振り絞った。
「やります! いまがそのときです」
姫川さんやほかのメンバーが拍手した。
「全力でサポートします!」
村雨さんが握手を求めて、わたしはそれに応えた。折笠さんも微笑してわたしに手を差しだす。最後に姫川さんが目のまえに立っていた。
「姫川さん?」
彼女はわたしの顔をじっと見つめる。わたしも彼女を見つめかえした。造形美の結晶のような瞳、長いまつげ、美しい曲線を描く鼻筋。血色の良いくちびる。彼女は美の女神に愛されている。
「鳴海千尋さん。あなたに最大の敬意を表します」
彼女は一礼した。そのあとわたしに手を差しだした。
彼女の行動にわたしは舞い上がってしまった。あの姫川さんがわたしに礼をした。
「頭をあげてください。姫川さん」
わたしは照れながら握手した。
姫川さんはやっぱり聖少女だ。そしていともたやすく人の心に侵入する暴君でもある。わたしはこの聖少女暴君の思うがまま。でも振り回されるのが楽しくてしょうがない。
次回へつづく