【村雨初音 視点】
わたくし、村雨初音は尊敬している先輩、姫川さんとご一緒に帰宅させていただくことになった。お姉さまはわたくしを救ってくださった御方。敬愛してやまない。
帰宅方向が一緒なのは僥倖である。女性のなかで一番お姉さまが好き。この想いは「好き」なのか「愛してる」なのか、わたくしにも測りかねる。
ただ、お姉さまの横顔を永遠に見つめていたい。
「わたくし、お姉さまに足を向けて眠れないので住所を教えてください」
「怖っ。住所特定しようとしないで。あなたさあ、小説書いているんだよね」
「はい」
「探偵ものだって?」
「はい、そうです」
「あたしは、探偵小説は『そして誰もいなくなった』と『アクロイド殺し』しか読んだことないなあ」
「アガサ・クリスティーの代表作ですね。彼女のたぐいまれな感性は理知的なコナン・ドイルと対照的です」
「あなたの小説読ませてよ」
「小説家のヤロウとナクヨムのサイトにて無料で読めます。アカウントをつくればブックマーク機能も使えます。もし面白ければ、正当な評価としてお星さまを入れて応援してくださると幸いです。こんどコンテストに応募して、それが受賞すれば書籍化されるのです」
「すごいね! 高校生で作家デビュー。印税であたしを養ってよ」
その言葉はプロポーズだろうか。お姉さまはいつもわたくしを困惑させる。
「承知いたしました。末永くよろしくお願いします」
「そんなにかしこまらないでよ。かわいい後輩だな。いい風ね」
そのとき一陣の青嵐が百合の香りを伴ってわたくしたちの髪をかき上げる。お姉さまの大粒の瞳にトワイライトが映える。
わたくしは愛の告白のつもりで一礼したのにお姉さまはどこ吹く風。本当にわたくしの心をかき乱す御方。
わたくしは護国寺先生とお姉さま。魅力的な男性と女性から言い寄られてどちらを選ぶべきか、逡巡せざるを得ない。護国寺先生には教師と生徒という障がいがある。年齢差は一七歳。周囲から祝福してもらえるだろうか。
お姉さまは同性という問題がある。同性愛は認知が進んできたとはいえ同性婚が認められるまで時間がかかるだろう。
ああ、神はなにゆえにわたくしにこのような愛の試練を与えるのか。
いまは答えを急ぎたくない。この一秒、この一瞬。この刹那を大切にしたい。
わたくしは悠久と刹那が同じものであることを理解した。
「どうしてあなたって口調が丁寧なのかしら」
「実家が神社なので、そのせいかもしれません」
「実家が神社! 巫女さんだ」
「そんなたいそうなものではありません。
もうすぐ駅に着いてしまう。ああ、刻が惜しい。
「それではわたくしはここで。さようなら」
路線が違うわたくしたちは別れた。夕陽は明日を急いでビル影に隠れ、街の灯りが映えわたる。
「
「お姉さま、いまのは……」
姫川さんはわたくしのくちびるに蓋をした。彼女の白魚のような指がわたくしのくちびるに触れる。
「自分で調べたらつぎを教えてあげる。こういうときはなにもいわないの。行間というものよ、小説を書くならわかるでしょ」
ネオンに照らされて笑う彼女は魅惑的。わたくしはとっくにこの聖少女暴君の虜だった。
この女性についていこう。その先にどんな景色が待っていても。
つづく