「おれだ。入るぞ」
その声が掛け声のように姫川さんは素早くゲームを隠した。
スーツ姿の男性が入ってくる。誰だろう? わたしはおろおろした。
「護国寺先生! 新入生来てるよ」
姫川さんの声に反応した彼はわたしに挨拶した。
「おれは
「うしじろー⁉」
わたしは素っ頓狂な声をあげてしまった。
「本名ですか?」
目が点になって尋ねた。
「……本名です」
護国寺先生は咳払いする。
「笑ったら護国寺先生 可哀そうでしょ!」
姫川さんが叱責した。
「誰も笑ってないって。ヒメ」
折笠さんがつっこむ。
護国寺先生はもう一度咳払いした。
彼はコトジョの国語教師。三一歳。女性陣から見上げられるほどの長身で偉丈夫である。黒髪で眼鏡をかけた誠実な男性だが、名前のせいで女生徒たちからは舐められている。だが、素材は良く一部の生徒からは慕われているらしい。
青みがかかったワイシャツの上にジレ(袖のない胴着)を身につけているのがトレードマーク。ネクタイの色が曜日によって決まっているらしい。
護国寺先生はまっすぐな瞳でわたしを見つめた。ハンサムでドキドキしてしまう。でも、名前がなあ。
「自己紹介よろしくお願いします」
「わたしは鳴海千尋といいます」
「本当にこの部でいいの? 鳴海さん」
「……はい」
姫川さんのいう格闘ゲームの大会に出場するのはちょっといきなりだけど、学生生活のサポートを姫川さんたちから受けられるのは悪くない。わたしはそう思っていた。
「天文部は来年廃部なのにきみも物好きだなあ」
「ええーっ⁉ 廃部ってどういうことですか!」
「まさか姫川! 伝えてないのか⁉」
護国寺先生もわたしと同じくらい驚いていた。どういうこと⁉
とうの姫川さんと折笠さんは涼しい顔をしている。
「まーまーまー、告知はしてたよねぇ。折笠さん?」
「してましたねぇ、姫川さん」
「ちゃんと張り紙してありましたよ。そこに。体験期間中ずっと張ってありましたけど気がつきませんでしたか?」
姫川さんは小さな球形ロリポップキャンディをお口から外して壁を指す。
カーテンで見え隠れしている入り口のドア付近に張り紙があってそこに虫眼鏡でなければ見えないような文字で書かれている言葉にわたしはとび上がるほど驚いた。
『一年以内に目覚ましい活動実績を認められないと天文部は……廃部する』
「そんなぁ! 部活詐欺ですよ~」
わたしが鳴き声をあげると護国寺先生は手が震えるほど怒っていた。
「こら~姫川、折笠! またやったな!」
教室に先生の声がこだました。