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Reborn
オデットオディール
恋愛現代恋愛
2024年08月20日
公開日
14,485文字
完結
とある国の、とある島でのお話。

敗戦国の将校と戦争で親兄弟を失くした女性、二人の再生の物語。

第1話ー出会いー

その年、この国は戦争に負けた。


私の住んでいる島は本土から離れている。その為、戦争の煽りはほとんど受けていなかった。その代わりに島の男たちのほとんどは戦争に駆り出され、五体満足で帰って来た者はほぼ居なかった。


ある一人を除いては。


その男は島の集落の外れに住んでいて、昔から碌に仕事もせずにブラブラしているような男だった。集落の人間ならば誰も相手にしないような、そんな男。そんな男でも戦後の今は五体満足で帰って来たのがその男だけなので、その男は我が物顔で集落を歩いている。誰も相手にはしていなかったけれど。その男が五体満足で帰って来たのは、脱走して来たからだと、本人がまるで武勇伝を語るように言いふらしていた。脱走して来た事を自慢気に語るその男は見れば見る程、滑稽だった。


私の家も父と兄が戦争に駆り出され、早い段階で戦死の報告を受けている。病気がちだった母は二人が戦死した事で生きる希望を失くし、戦死報告を受けて間もなく、病死した。この家には私一人が残され、私自身が朽ちるまではこの家を維持しようと決め、日々の生活を送っていた。


そんなある朝、いつもよりかなり早い時間に私は目が覚めた。家中の窓を開けて換気をし、朝陽が昇るのを眺めていた。ふと、目の前の浜に出たくなって、家を出て、浜を歩く。見渡すと見慣れない物が目に入った。恐る恐る近付いて行き、ほんの数メートル手前の所で息を飲んだ。


人だ…。


生きているのか、既に死んでいるのか、分からなかった。服装は…軍服…?そう思ったその時、倒れているその人が噎せ返した。


生きてる!!


私は咄嗟に走り出し、その人の傍らに跪いて体を横にし、水を吐くその人が窒息しないようにした。海水を吐いたその人は大きく息を吸い、咳き込む。

「大丈夫ですか!」

顔を見る。端正な顔立ち、まだ若い。私よりも少し年上だろうか。軍服をきちんと着こなしていて、肩には勲章がついている。私は声を掛け続ける。

「大丈夫ですか、お気を確かに!」


どのくらい声を掛け続けていただろうか。このままここに居てもらちが明かないと思い、どうにかこうにか彼を立たせ、彼を支えながら目の前の自分の家に運んだ。縁側に彼を横たえ、濡れた服を脱がせる。彼を縁側に面した部屋に運び、布団を敷いてその上に彼を寝かせる。体が冷え切っている。布団を掛けて体を温める。きっとこのままでは熱が出るだろうと思った私は家の裏側にある蔵の中から氷を取り出し、氷枕を作って彼の頭の下に入れる。とりあえず出来る事はここまでだ。島に今は医師は居ない。これで彼が回復すると良いけれど。そう思って、息をつく。


彼から脱がせた服を洗濯する事にした。彼を抱えたので自分も濡れている事に気付き、着替える。彼の服と自分の服を持って、庭先に出て、井戸から水を汲み上げ、洗濯する。彼の服の胸ポケットに何かが入っている。取り出してみる。それは色褪せた写真だった。軍服を着た彼、その横に彼よりも年下の良く似た女の子、妹だろうか。彼らの前には同じように軍服を来た年配の男性とその横には年配の女性。彼のご両親のようだ。海水で色褪せたその写真はきっと大事な物だろうと思い、真水でさっと洗い、日陰に置いておく。さっきは必死で急いでいたので気付かなかったけれど、良く見れば軍刀もあった。それも真水でさっと洗い、手拭いで拭く。日陰に置いておいた方が良いのだろうな、と思う。洗濯すると軍服は相当汚れていた。洗って絞り、物干しに干しておく。家に上がり、彼の様子を見る。彼の体も一度拭いた方が良いかもしれない。そう思い、私は桶に水を入れ手拭いを持って彼の寝ている部屋に入る。布団を剥いで水で濡らした手拭いで彼の体を拭く。窓を開けていれば風が抜けるけれど、今日は暑かった。私は彼に布団を掛け、団扇で扇ぐ。


時折、うなされる彼を心配しながら、もし起きたら食べられるように食事の準備もした。彼の呼吸は熱が出て来ているせいで少し荒いが、安定している。このまま何事も無いと良いけれど。そう思いながら彼の看病をした。その日、彼は目を覚ます事は無かった。


ふと、目が覚める。ここは…?どこだ…?俺は…生きている…?体を起こそうと試みるけれど、体が重く動かない。周りを見回す。どこかの家のようだ。雨戸の隙間から光が漏れているけれど、薄暗い。暗闇に目が慣れて来ると自分が布団に寝かされている事、傍らには誰か人が居る事が分かる。体を動かそうと試みる。衣擦れの音で傍らに居た誰かが目を覚ます。

「目を覚まされましたか?」

女性の声だ。彼女は立ち上がると言う。

「雨戸を開けますね。明るくなりますよ。」

彼女が雨戸を開けた途端、光が差し込み、目が眩む。目を瞑って光を遮り、少しずつ目を慣らす。徐々に光に目が慣れて来る。彼女は俺の傍らに来て俺の額の上の手拭いを取る。俺はその時初めて彼女の顔を見た。長い髪、仕立ての良い服、目鼻立ちはハッキリしていて素直に美しいと思った。彼女は置かれていた桶に手拭いを浸し、それを絞って俺の顔を拭ってくれる。喉が渇いていて声が出ない。

「…水を…」

掠れた声でそう言うのがやっとだった。彼女は俺を見て微笑み、聞く。

「お体、起こせますか?」

彼女は俺の体を支え、起き上がるのを手伝ってくれる。彼女が水を渡してくれる。力が入らない俺の手を支え、水を飲むのを助けてくれる。一杯飲んでも尚、水が飲みたかった。

「…もう一杯、貰えるだろうか。」

言うと彼女が微笑み頷く。俺から湯飲みを受け取ると立ち上がり、部屋を出て行く。部屋を見回す。しっかりとした造りだ。開けられた窓から海が見える。上品な家だと思った。ふと枕元を見ると俺の着ていた軍服が畳んで置いてある。その時初めて俺は下着一枚だという事に気付く。枕元には他にも軍刀や写真も置いてあった。彼女が部屋に戻って来る。俺のすぐ傍に来て、跪いて湯飲みを渡してくれる。俺はそれを受け取り、勢い良くそれを飲む。水が零れる。彼女が手拭いで俺の口元や胸元を拭いてくれる。

「何か食べられそうですか?」

彼女に聞かれて俺は頷く。

「あぁ。」

彼女は微笑んで言う。

「良かった、じゃあご用意しますね。」

そう言って彼女は立ち上がり、部屋の箪笥から何かを出すと俺にそれを掛け、部屋を出て行く。


カタコトと部屋の奥で音がする。日常の音がこんなにも心地良いのかと思った。俺はどうしてここに居るんだろう。ここはどこなんだろう。あの女性に助けられた事は確かだ。終戦直後だというのに、ここはまるで時が止まったかのように穏やかだった。氷枕を作れる程だ、物資はそれなりにあるんだろう。すぐに彼女が部屋に入って来た。手には盆を持っている。彼女が盆を畳の上に置き、正座する。盆の上には椀がある。椀の中は粥のようだ。卵まで入っている。彼女が匙に粥をよそって俺の口に運んでくれる。口にした粥は今まで食べたどんな食べ物よりも美味しかった。

「卵なんてあるんだな…」

俺がそう言うと彼女が微笑みながら答える。

「ここは本土から離れた離島です。空襲も無かったし、戦争と言われてもほとんど以前と変わらない生活が出来ています。唯一変わったのは男たちが戦争に駆り出されて帰って来なかった事くらいです。」

彼女はそう言うと振り返る。そこには仏壇があり、年配の男性の写真と彼女よりも少し年上らしい男性の写真、年配の女性の写真があった。彼女の家族だろうか。

「まだ名を名乗っていなかったな、俺は藤宮晃、陸軍少尉…だった。」



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