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第7話 異変の気配

陽向は、白野家のトイレのドアを静かに開けた。

そうして、記憶にある結衣の部屋へと隠れるように入る。


「どうしよう。オレ、結衣の体で、トイレしちゃったよ……」


トイレで困惑したあの時、陽向は腹をくくって行動に出た。

緊急事態だった。


もう、我慢できなかった。

ならば、やるしかないと、腹をくくったのだ。

そして、してしまったのだ。


女の子として。



「あぁ~、結衣になんと言えば……!」



その後どうすればいいかは、すべてスマホで調べた。

まさか女の子がああいったふうにトイレを使っていたとは知らなかったと、陽向は頭をかかえる。



「しかも、ちょっと見ちゃったよ……」


結衣の、女の子の部分を。

不可抗力とはいえ、申し訳ない気持ちでいっぱいになっている。



「それにしても、ここが結衣の部屋か」



結衣の部屋に入ると、ほのかな花の香りが漂っていた。

壁には何かのキャラクターのポスターが貼られ、机の上には可愛らしいぬいぐるみが置かれている。



「こんな可愛い部屋だったか……?」



結衣の部屋には、小学校以来入ってはいない。


あの頃はもっと子供らしい雰囲気だった。

けれども今の結衣の部屋からは、たしかに『女』の気配がする



「あ……」


机の上にあった写真立てに、目が留まる。

その中身は、小学生の時の運動会の写真だった。


「懐かしいな」


白野結衣と黒沢陽向が仲良く並んで写っている。

この写真を撮った時はまだ、陽向と結衣は仲が良かったのだ。


「結衣……」


写真の中の陽向は、今と変わらず無邪気な笑みを浮かべている。

そんな陽向とは対照的に、結衣は恥ずかしそうに俯いていた。


「早く、元に戻る方法を考えないとな」


陽向はベッドに腰かけ、スマホを取り出した。

無事に結衣の部屋までたどり着いたことを報告する。


それからは、『Arcadia Fantasy Online』のことを調べた。

『Arcadia Fantasy Online』『入れ替わり』などのワードで、検索を続ける。

しかし、自分たちのように体が入れ替わってしまったという報告は、どこにもなかった。


「やっぱり、ゲームが原因じゃないのか……?」


他に考えられるのは、あの雷。


冬にしては珍しい雷だったが、それがこの入れ替わりをもたらしたのだろうか。

しかしどれもファンタジーな話ばかりで、現実味がない。



「結衣……大丈夫かな」



そんな心配をしながら検索を続けていたが、睡魔には勝てなかったようだ。

陽向はいつの間にか意識を手放していた。





「結衣~! 会いたかったよ~!」


時刻は、午前10時。


陽向は白野家を出て、再び自宅に戻って来た。



「よしよし……て、なにがあったの?」


「オレが結衣じゃないかってバレないか、冷や冷やだったんだよ」



あの後、陽向は白野家で朝食を取った。


結衣の両親、そして妹の紬の前で、粗相をするわけにはいかない。

あまり知らない相手の家で、その家の住人のフリをして食事をすることが、ここまで苦痛だとは知らなかった。


そのせいで、針のむしろに入れられた気分だ。

食欲がないと言って、すぐに終わらせてきたからなんとかなったが、あれを毎日続けるのには自信がない。



「それは大変だったね。でも、バレなくてよかったよ」


「あぁ……一時はどうなることかと思った、けど」



妹の紬との会話を思い出す。

あのことは、結衣に言わなくてもいいか。

正直、説明するのもかなりきつい。


それと、あのことも……。



「さてと、じゃあさっそく『Arcadia Fantasy Online』を始めるとするか」


「その前に、陽向。ちょっと教えてほしんだけど」


「な、なにをだよ」



恥ずかしそうにもじもじとする結衣。

それが結衣のであれば良かったのだが、悲しいことに陽向の体のためまったく嬉しくない。



「お……おトイレの仕方、教えてよ」


「…………え」


「男の子って、どうやるのよ。わかんないわよ!」


「そ、それは……」



結衣が男の子として、陽向の体でトイレに行く。

その事実を受け入れることが、できなかった。


いや、それよりも……。



「陽向だって、このままトイレに行けないのはつらいでしょ? 女の子のやり方、教えてあげるから」


「そ、それは、そのう」


「まさか……もうしてるとか?」



結衣に嘘はつけない。

それに嘘をついたとしても、結局はバレるだろう。



「う……ご、ごめん」


「そ、そっか……し、しちゃったんだ……」



気まずい時間が、二人の間を流れていく。

思春期の男女にしては、あまりにも気まずい内容だ。



「てことは、見たの……?」


「み、見てねーよ! 見ないように、気をつけてやったから、さ」


「そ、そう……あ、ありがと」


「いや……うん。どういたしまして?」



そんなこんなで、謎の空気のまま、トイレの仕方講座が始まってしまった。

もちろん、気まずい時間だったことは、言うまでもない。


「でも冷静に考えたら、あたしって陽向の素っ裸を見たことあったのよね」


「それ、幼稚園の時じゃん」


「あの頃は一緒にお風呂入ったりもしたよね。懐かしいな~」



幼稚園の頃と今を一緒にしては困る。

あの頃は、男女の違いなんて、そんなになかった。


だが、第二次性徴を終えた15歳の二人にとって、男と女は違う生物といっても過言ではない。

相手の裸を見ようものならば、大事だ。




そんなアクシデントはあったものの、二人は再び『Arcadia Fantasy Online』の世界へと帰ってきた。




「やっぱりログインしても、入れ替わりは戻らないみたいね」


「もしかしたら、ゲームに入るだけじゃダメなのかもしれないな」



冬には珍しい、あの雷。


自宅に落ちたように感じたが、家の家電はどこも壊れていなかった。

普通、家に雷が落ちれば、電化製品は使い物にならなくなるはずなのに。


そう考えると、あの雷は普通ではなかったのかもしれない。


珍しい冬の雷と、完全ダイブ型のVRゲームの起動。

その二つが重なったことで、思わず起こってしまった珍事なのかもしれないな。



「またあの雷が、タイミング良く落ちればいんだけどね」


「天気予報は、快晴だった。昨夜みたいに、ゲリラ豪雨が起きてくれれば可能性はあるかもだけど」


「うーん、それは難しそうだね」



そんなことを話しながら、二人は街の大通りを歩いていく。


『Arcadia Fantasy Online』では、プレイヤー同士の交流が盛んだ。

そのため始まりの街には、様々な施設が揃っている。



「うわぁ! すごい人だね」



広場は大勢の人で賑わっていた。


日曜の昼頃ということもあり、かなり盛況だ。

ほとんどがプレイヤーで、思い思いに過ごしているようだ。



「プレイヤーが多いと、それだけ情報も集まるからな」


「情報?」


「あぁ。攻略やイベントの情報とか、そういったものだな」



結衣はこういったゲームの初心者であるため、陽向がエスコートをする予定だった。

キャラクターは入れ替わってしまったが、その役目までは譲るつもりはない。



「もしかしたら、なにか入れ替わりのことを知っている人がいるかもしれないぞ」


「たしかに、これだけ人がいれば、あたしたちみたいな人もいるかもしれないわね」



昨夜、陽向と結衣に起きた現象は、間違いなくレアケースだ。

とはいえ、他の誰にも同じことが起きてないという確証はない。



「それじゃ、聞き込み開始だ!」



もしかしたら、有力な情報が手に入るかもしれない。

そう思って二人はプレイヤーに声をかける。



──1時間後。



「全然、ダメね」


「しかもゲームの中で誰かと入れ替わるなんて都市伝説みたいな話、誰も信じてはくれなかったな」



聞き込みに関して、入れ替わりの噂などはないかと尋ねてみた。

だけど、一人としてそんな話を聞いたことはないと、皆が口を揃えて言う。



「良かったのは、オレたちが男女の二人組だったおかげで、話だけは聞いてもらえたってことだな」



これが、男一人だったり、男二人だったりしても、ここまでみんな丁寧に応えてくれなかっただろう。

やはり男女が揃うと、知らない人から信用されるみたいだ。



「女ってのは、ここまで誰かに話を聞いてもらいやすいんだな」



試しに、陽向一人でも聞き込みをしてみたのだが、そのほとんどが話を聞いてくれた。


かわいい女の子が声をかけるということだけで、快く協力してもらうことができたのだ。

対して結衣の結果は、その逆となった。


男一人で話しを聞こうとすると、どうしても断られることも多くなる。

だが、その気持ちは陽向もわかる。


女の子が話しかけてきたら足を止めても良いが、知らない男が話しかけてきても、急いでいる時は無視してしまうかもしれないからだ。



「さてと、どうしたもんかな」


「そうね。そうしましょうか」



万事休す。

そう思ったところで、隣に座っている男の二人組の声が耳に入ってきた。



「聞いたか、例の話。昨日の夜、ゲーム内で大事件があったんだよ」


「ああ、聞いたよ。運営も知らないイベントだって話だけど、どういうことなんだろうな」



陽向は、パッと声の方向に振り向いた。


『昨夜』『大事件』



その単語だけでも、気になる要素があったからだ。



「ああ、信じられないよな。このゲームのラスボスが、雷を使う謎のモンスターに敗北したって話は」



──ラスボスが、謎のモンスターに敗北したって?


しかも雷を使う?



「昨日の夜、ゲリラ豪雨があっただろう。それが運営のビルに落ちて、バグが発生したって噂だぞ」


「それで急にラスボスが出現して、しかもよくわからんモンスターに負けたってことになってるのか。でもそれ、本当にバグか?」


「隠しイベントかもって疑ってるんだろう? でも、その可能性も捨てきれないよな」



陽向は、二人の話から耳を離せないでいた。


ゲームの運営会社のビルに、落雷があった?

そして、その落雷が運営のゲームにバグを起こさせた?



「結衣。ちょっと、いいか」


「うん。あたしも同じこと考えてた」



陽向と結衣がゲームをしていたこの自宅に、昨夜雷に当たった。

そして偶然にも、ゲーム会社にも同じように雷が落ちたという。


陽向と結衣が入れ替わったのは、ゲームをプレイしたのがきっかけだった。



はたして、これは偶然のことなのだろうか?

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