目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第5話 現実世界でも……

バグのせいで、ゲーム内でキャラが入れ替わってしまった。

それは、まだわかる。


でも、なんで現実世界に戻っても、自分たちの体が入れ替わったままなのかが理解できなかった。


「な、なによこれ……どうなってるの!?」



自分の姿をした幼馴染が、声を荒げている。


その気持ちは、陽向もよくわかる。

まるで漫画や映画のようなことが起きてしまったのだから。


自分の姿をした人間が、自分の意思とは無関係に動き、声をあげている。

その動作は、間違いなく結衣のものだった。


そんな摩訶不思議な姿を見ていると、本当に入れ替わっているのだという実感が込み上げてきた。



「これ、夢じゃないよな。まさかこっちでも入れ替わってるなんて」


まさかゲームの中でのバグで、現実でも入れ替わってしまうとは誰が想像できるだろうか。


困惑する陽向とは対照的に、結衣はパニックになっていた。

勢いよく、こちらに詰め寄ってくる。


「ねえ! なんであたし、陽向になってるわけ!?!」


「ゆ、結衣……」


──こ、こわい。


思わず、そう思ってしまった。


今の結衣は、陽向の体になっている。

つまり身長は170cmあるのだ。

対して今の陽向は、結衣の体になっているので身長は150cmくらいしかない。


身長差20cmもある男が、怖い顔をしながら自分に迫って来る。


つかまれた肩が、すごく痛い。

大男に暴力を振るわれるような錯覚を覚えてしまう。


相手が自分の体になっているのも、余計にだったかもしれない。

不可思議なその圧迫感に、恐怖を覚えてしまったのだ。


──な、なんで……男友達に迫られた時だって、こんな怖いと思ったことないのに。


「ひ、陽向……?」


困惑している陽向を見た結衣が、我に返る。

だけど次の瞬間には、結衣が申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「あ……ごめん」


そして謝罪の言葉を口にすると、その場から一歩後ずさる。


「なんか怖い思いさせちゃったよね。陽向の体と違って、あたしの体はこんなに小さいのに……ごめんね」


結衣が頭を下げる。


「オレのほうこそ悪かったよ。その……ちょっと驚いてさ……」


二人とも、入れ替わっている事実が受け入れられないのだ。

困惑するのは当然のこと。


事実、結衣だけでなく、陽向も今の状況を理解できていなかった。


だが、さきほどまでヒステリーを起こしていた結衣は、一度感情を発散したおかげで冷静になっていた。



「……あたしたち、やっぱり体が入れ替わってるよね?」


「間違いないみたいだな。夢であってほしいけど」



確認するために、自分の胸を触ってみる。

ゲーム内のユイで感じた時以上に、柔らかい膨らみの感触が伝わってくる。


「ちょ、ちょっと陽向! なにしてんのよ!」


「悪い! つ、つい……」


キャラクターが入れ替わった際に、女キャラとなった自分の胸を揉んだのが悪かった。

その時と同じように、つい行動してしまったのだ。


──そういえば、下半身に何か違和感が……。


結衣はチノパンを履いている。

そこに、あるべき感触が、下半身からしてこない。


「まあ、これはおいおい考えるとして……」


あり得ないことが起こったことで、頭が混乱している。

けれども困惑するだけで、時間は刻々と過ぎて行った。



「元に戻る方法を考えないといけないな」



『Arcadia Fantasy Online』を一緒にやることになったのは、結衣が誘ってくれたからだ。


でも、ここは陽向の部屋。

責任は自分にあると、陽向は冷静になる。



「とりあえず、もう一度『Arcadia Fantasy Online』にログインしてみよう」


「そ、そうだね。ゲームで入れ替わったのが原因なら、それで戻るかもしれないし」



だが、結果は同じだった。


『Arcadia Fantasy Online』に入っても、キャラは入れ替わったまま。

陽向はユイ、結衣はシャインのキャラになっている。



「でも、これで謎は解けたね。なんでゲームキャラが入れ替わっただけなのに、声も陽向のものになっていたんだろうと思っていたけど、現実の体ごと入れ替わっていたなんて……」



ゲーム内で、陽向が可愛い女の声をしていた理由。

それは、VRメットを被っていた本体ごと、二人の体が入れ替わっていたのが原因だったのだ。



「まだだ。ログアウトすれば、今度こそ元に戻るかもしれない!」



そして二人はゲームをログアウトし、現実世界へと意識を戻す。


しかし、またしても結果は同じだった。

陽向と結衣の体は入れ替わったまま。



「どうして……なんで戻れないんだ!」


陽向が頭を抱える。

そんな幼馴染をなだめるように、結衣は声をかける。



「落ち着けいて陽向。時間が経てば、元に戻るかもしれないわ」



最初はパニックになっていた結衣だったが、すでに落ち着きを取り戻している。

逆に陽向は、時間とともに不安が増していった。


もしも、このまま結衣の体だったら。

そう思うと、頭が痛くなってしまう。


結衣は幼馴染だ。

だが陽向にとって、結衣はそれだけの存在じゃない。


密かに、異性として意識していた相手なのだ。


そんな相手に、自分の体が入れ替わってしまうだなんて。



「ねえ、大丈夫?」


頭を抱えている陽向を見て、結衣が心配そうに声をかけてきた。


「ああ、平気だよ。ありがとう」


大変なのは、結衣も同じはず。

それなのに自分のことを心配してくれる彼女の態度が、とても眩しかった。


「その……ごめん。あたしが強引にゲームを勧めたせいで、こんなことになっちゃって」


陽向の体になった結衣は、申し訳なさそうに頭を下げた。

そんな幼馴染に、陽向は慌てて声をかける。


「謝らないでくれよ。オレだって乗り気だったし!」


「でもさ、あたしたちが入れ替わっているのはゲームのバグのせいじゃないよね」


ゲームのバグのせいで、精神が入れ替わってしまうなんてこと、聞いたことがない。

となると、理由はアレだろうか。



「あの雷が原因なのか?」



冬の雷は、珍しいと聞いたことがある。


今日は2月の最終土曜日。

季節外れの雷が、二人の体に何らかの影響を与えたのかもしれない。



「もしかして、このまま元に戻らない可能性もある?」


そんな結衣の不安そうな声に、陽向は言葉を詰まらせた。


「わからない。だけど」


でも、このまま放っておくわけにはいかない。

それにゲームの中で入れ替わったのなら、ゲームをプレイすればいつかは戻るかもしれないのだ。


だから──。



「また『Arcadia Fantasy Online』に入ろう。そのうち、元に戻るかもしれない」


「うん……だけど、そろそろ時間が危ないかも」


「あっ!」



時計の針は、午前5時を指していた。


昨日の夜9時にゲームを始めたのだが、もう朝になっていたらしい。



「あたし、そろそろ帰らないと親が……」


「そ、そうだな。早く帰ったほうがいいぞ」


「うん、わかった」



そう言って、結衣は自宅に帰るために陽向の部屋のドアを開けた。

そのまま勢いよく廊下に出たあと、すぐに室内へと戻ってくる。



「陽向、どうしよう……今のあたし、陽向の体になってるよ!」



結衣は陽向の体になっている。

つまり、陽向にとっての自宅とはこの家になるのだ。


もしも陽向の体のまま、こんな早朝の時間に結衣の家に入ろうものなら、何事かと警察を呼ばれてもおかしくない。



「どうしよう……あたし、家に帰れないよ」


「落ち着けって。結衣はオレの部屋に泊まっていたことにすればいいじゃんか」


「それはダメ! 外泊したって両親にバレたら、大変なことになるから」



そういえば結衣の両親は、厳しいほうだった気がする。

陽向の親は、留守にしいていることからわかるように、かなりの放任主義だ。

二人とも仕事が忙しいせいで、家にはいない日のほうが多い。



「こうなったら、仕方ないわ。陽向、あたしの代わりに、家に帰って」


「ええ、オレがかぁ!?」


「だって今の白野結衣は、陽向なんだもん。仕方ないじゃない」



結衣の言う通り、今の陽向は白野結衣だ。


なら結衣の代わりに、陽向が自宅に帰るしかないだろう。



「体が入れ替わったなんて誰かに言っても、信じてもらえるとは思えないわ。むしろ病院を紹介されそう……だから、元に戻るまではこのことはあたしと陽向、二人だけの秘密にしましょう」


「わ、わかった」


「だからまずは、あたしのフリをして、パパとママが起きる前に家に帰って。それからのことは、明日考えましょう」



まさか、こんなことになるなんて。


陽向が最後に結衣の家に入ったのは、4年前。

つまり、小学生の時だ。


それなのに、結衣の体で、結衣のフリをしながら結衣の家に帰宅しなければならなくなった。



せめて入れ替わるとしても、ゲームの中だけにしてほしかったな。



「いったいどうなるんだよ、これから……!」



不安しかなかった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?