バグのせいで、ゲーム内でキャラが入れ替わってしまった。
それは、まだわかる。
でも、なんで現実世界に戻っても、自分たちの体が入れ替わったままなのかが理解できなかった。
「な、なによこれ……どうなってるの!?」
自分の姿をした幼馴染が、声を荒げている。
その気持ちは、陽向もよくわかる。
まるで漫画や映画のようなことが起きてしまったのだから。
自分の姿をした人間が、自分の意思とは無関係に動き、声をあげている。
その動作は、間違いなく結衣のものだった。
そんな摩訶不思議な姿を見ていると、本当に入れ替わっているのだという実感が込み上げてきた。
「これ、夢じゃないよな。まさかこっちでも入れ替わってるなんて」
まさかゲームの中でのバグで、現実でも入れ替わってしまうとは誰が想像できるだろうか。
困惑する陽向とは対照的に、結衣はパニックになっていた。
勢いよく、こちらに詰め寄ってくる。
「ねえ! なんであたし、陽向になってるわけ!?!」
「ゆ、結衣……」
──こ、こわい。
思わず、そう思ってしまった。
今の結衣は、陽向の体になっている。
つまり身長は170cmあるのだ。
対して今の陽向は、結衣の体になっているので身長は150cmくらいしかない。
身長差20cmもある男が、怖い顔をしながら自分に迫って来る。
つかまれた肩が、すごく痛い。
大男に暴力を振るわれるような錯覚を覚えてしまう。
相手が自分の体になっているのも、余計にだったかもしれない。
不可思議なその圧迫感に、恐怖を覚えてしまったのだ。
──な、なんで……男友達に迫られた時だって、こんな怖いと思ったことないのに。
「ひ、陽向……?」
困惑している陽向を見た結衣が、我に返る。
だけど次の瞬間には、結衣が申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「あ……ごめん」
そして謝罪の言葉を口にすると、その場から一歩後ずさる。
「なんか怖い思いさせちゃったよね。陽向の体と違って、あたしの体はこんなに小さいのに……ごめんね」
結衣が頭を下げる。
「オレのほうこそ悪かったよ。その……ちょっと驚いてさ……」
二人とも、入れ替わっている事実が受け入れられないのだ。
困惑するのは当然のこと。
事実、結衣だけでなく、陽向も今の状況を理解できていなかった。
だが、さきほどまでヒステリーを起こしていた結衣は、一度感情を発散したおかげで冷静になっていた。
「……あたしたち、やっぱり体が入れ替わってるよね?」
「間違いないみたいだな。夢であってほしいけど」
確認するために、自分の胸を触ってみる。
ゲーム内のユイで感じた時以上に、柔らかい膨らみの感触が伝わってくる。
「ちょ、ちょっと陽向! なにしてんのよ!」
「悪い! つ、つい……」
キャラクターが入れ替わった際に、女キャラとなった自分の胸を揉んだのが悪かった。
その時と同じように、つい行動してしまったのだ。
──そういえば、下半身に何か違和感が……。
結衣はチノパンを履いている。
そこに、あるべき感触が、下半身からしてこない。
「まあ、これはおいおい考えるとして……」
あり得ないことが起こったことで、頭が混乱している。
けれども困惑するだけで、時間は刻々と過ぎて行った。
「元に戻る方法を考えないといけないな」
『Arcadia Fantasy Online』を一緒にやることになったのは、結衣が誘ってくれたからだ。
でも、ここは陽向の部屋。
責任は自分にあると、陽向は冷静になる。
「とりあえず、もう一度『Arcadia Fantasy Online』にログインしてみよう」
「そ、そうだね。ゲームで入れ替わったのが原因なら、それで戻るかもしれないし」
だが、結果は同じだった。
『Arcadia Fantasy Online』に入っても、キャラは入れ替わったまま。
陽向はユイ、結衣はシャインのキャラになっている。
「でも、これで謎は解けたね。なんでゲームキャラが入れ替わっただけなのに、声も陽向のものになっていたんだろうと思っていたけど、現実の体ごと入れ替わっていたなんて……」
ゲーム内で、陽向が可愛い女の声をしていた理由。
それは、VRメットを被っていた本体ごと、二人の体が入れ替わっていたのが原因だったのだ。
「まだだ。ログアウトすれば、今度こそ元に戻るかもしれない!」
そして二人はゲームをログアウトし、現実世界へと意識を戻す。
しかし、またしても結果は同じだった。
陽向と結衣の体は入れ替わったまま。
「どうして……なんで戻れないんだ!」
陽向が頭を抱える。
そんな幼馴染をなだめるように、結衣は声をかける。
「落ち着けいて陽向。時間が経てば、元に戻るかもしれないわ」
最初はパニックになっていた結衣だったが、すでに落ち着きを取り戻している。
逆に陽向は、時間とともに不安が増していった。
もしも、このまま結衣の体だったら。
そう思うと、頭が痛くなってしまう。
結衣は幼馴染だ。
だが陽向にとって、結衣はそれだけの存在じゃない。
密かに、異性として意識していた相手なのだ。
そんな相手に、自分の体が入れ替わってしまうだなんて。
「ねえ、大丈夫?」
頭を抱えている陽向を見て、結衣が心配そうに声をかけてきた。
「ああ、平気だよ。ありがとう」
大変なのは、結衣も同じはず。
それなのに自分のことを心配してくれる彼女の態度が、とても眩しかった。
「その……ごめん。あたしが強引にゲームを勧めたせいで、こんなことになっちゃって」
陽向の体になった結衣は、申し訳なさそうに頭を下げた。
そんな幼馴染に、陽向は慌てて声をかける。
「謝らないでくれよ。オレだって乗り気だったし!」
「でもさ、あたしたちが入れ替わっているのはゲームのバグのせいじゃないよね」
ゲームのバグのせいで、精神が入れ替わってしまうなんてこと、聞いたことがない。
となると、理由はアレだろうか。
「あの雷が原因なのか?」
冬の雷は、珍しいと聞いたことがある。
今日は2月の最終土曜日。
季節外れの雷が、二人の体に何らかの影響を与えたのかもしれない。
「もしかして、このまま元に戻らない可能性もある?」
そんな結衣の不安そうな声に、陽向は言葉を詰まらせた。
「わからない。だけど」
でも、このまま放っておくわけにはいかない。
それにゲームの中で入れ替わったのなら、ゲームをプレイすればいつかは戻るかもしれないのだ。
だから──。
「また『Arcadia Fantasy Online』に入ろう。そのうち、元に戻るかもしれない」
「うん……だけど、そろそろ時間が危ないかも」
「あっ!」
時計の針は、午前5時を指していた。
昨日の夜9時にゲームを始めたのだが、もう朝になっていたらしい。
「あたし、そろそろ帰らないと親が……」
「そ、そうだな。早く帰ったほうがいいぞ」
「うん、わかった」
そう言って、結衣は自宅に帰るために陽向の部屋のドアを開けた。
そのまま勢いよく廊下に出たあと、すぐに室内へと戻ってくる。
「陽向、どうしよう……今のあたし、陽向の体になってるよ!」
結衣は陽向の体になっている。
つまり、陽向にとっての自宅とはこの家になるのだ。
もしも陽向の体のまま、こんな早朝の時間に結衣の家に入ろうものなら、何事かと警察を呼ばれてもおかしくない。
「どうしよう……あたし、家に帰れないよ」
「落ち着けって。結衣はオレの部屋に泊まっていたことにすればいいじゃんか」
「それはダメ! 外泊したって両親にバレたら、大変なことになるから」
そういえば結衣の両親は、厳しいほうだった気がする。
陽向の親は、留守にしいていることからわかるように、かなりの放任主義だ。
二人とも仕事が忙しいせいで、家にはいない日のほうが多い。
「こうなったら、仕方ないわ。陽向、あたしの代わりに、家に帰って」
「ええ、オレがかぁ!?」
「だって今の白野結衣は、陽向なんだもん。仕方ないじゃない」
結衣の言う通り、今の陽向は白野結衣だ。
なら結衣の代わりに、陽向が自宅に帰るしかないだろう。
「体が入れ替わったなんて誰かに言っても、信じてもらえるとは思えないわ。むしろ病院を紹介されそう……だから、元に戻るまではこのことはあたしと陽向、二人だけの秘密にしましょう」
「わ、わかった」
「だからまずは、あたしのフリをして、パパとママが起きる前に家に帰って。それからのことは、明日考えましょう」
まさか、こんなことになるなんて。
陽向が最後に結衣の家に入ったのは、4年前。
つまり、小学生の時だ。
それなのに、結衣の体で、結衣のフリをしながら結衣の家に帰宅しなければならなくなった。
せめて入れ替わるとしても、ゲームの中だけにしてほしかったな。
「いったいどうなるんだよ、これから……!」
不安しかなかった。