「ゆ、結衣……!?」
陽向は驚きと安堵の表情で、その男に呼びかける。
すると、シャインと名乗った男が少し身を乗り出してきた。
「やっぱり陽向だったのね! ようやく見つけられて良かったわ」
低い男性の声なのに、その言葉遣いや口調には結衣らしさが感じられた。
なぜこんなことになっているのかわからないけど、間違いない。
この男性キャラの正体は、幼馴染の結衣なのだ。
陽向と結衣の二人が知り合いだと気が付いたのだろう。
ナンパ男であるコウガが、ヤレヤレと言ったように首を左右に振った。
「なんだ、連れがいたのか。なら、邪魔しちゃ悪いな」
この男、思ったよりも潔い。
もっとしつこく迫って来ると思っていたのに。
「まあ、ここで会ったのもなにかの縁だ。困ったことがあれば、相談してくれ」
──ピコン
機会音が鳴った。
ウィンドウ画面が現れ、そこに『コウガからフレンド申請がきました』と書かれている。
「無理に誘って悪かったな。それじゃ、また」
そう言いながら、コウガは街中へと消えて行った。
もしかしたら、ただ強引なだけで、思っていたよりも悪い奴ではなかったのかもしれない。
だけど、いまはそんなことよりも──。
「お前、結衣だよな!? なんで
「陽向は
ひと呼吸を置いてから、結衣が何かを決意するように口を開く。
「私たち、キャラが入れ替わっているみたいね」
陽向と結衣は、お互いの状況を確認し合いながら、驚きと戸惑いを隠せずにいた。
「まさか、本当に入れ替わってるなんて……」
陽向は自分の、いや結衣のキャラクターの姿を見つめながら呟いた。
自分が結衣のキャラクターになっているのだから、結衣も陽向のキャラクターになっている可能性もあるとは思うこともあった。
だけど、まさか本当になっているとはと驚かずにはいられない。
結衣も同様に困惑した様子で、自分の男性キャラクターの体を確認している。
「なんで、こんなことになったんだよ……」
「もしかして、あの時の雷が原因だったりするのかな?」
結衣も、あの雷を聞いていたのだ。
アカウントが入れ替わってしまった理由は、もうそれ以外には思いつかない。
「ちょっと運営に問い合わせてみるか」
陽向はウィンドウ画面を開いて、運営へメッセージを送った。
友達と一緒にゲームをプレイしたら、相手のアカウントでログインしてしまった。
その旨を送ったところで、結衣が「でも、変だよね」と口を開く。
「『Arcadia Fantasy Online』は性別の変更が不可なせいで、異性のキャラクターを使用できないようVRメットにロックがかかっているはずなのに、なんでこんなふうになっちゃったんだろう?」
「考えられるとすれば、雷でVRメットが壊れたのかもしれないな」
そうでなければ、陽向が女のキャラクターとしてログインすることは不可能だ。
以前、異性のキャラクターを使おうとしてVRメットを改造しようとした人がいたとネットの記事で読んだことがある。
だが、VRメットの厳重なセキュリティを変更することができず、さらには外部からVRメットの変更を行おうとしたことで規約違反となり、警察に逮捕されていた。
「あたしたち、捕まったりしないよね?」
「さすがにそれはないだろう……事故なんだし」
故意にアカウントを入れ替えたわけでも、VRメットを改造したわけでもない。
このアカウントの入れ替わりは、事故なのだ。
──ピコン。
「あ、もう運営か返事が来たぞ」
「なんて書いてあるの?」
「ええと、なになに『キャラクター名、シャイン様とユイ様のアカウントは正常にご本人によってログインされています。異常はありません』だと……!?」
まさか、運営がこんなにも役に立たないとはと、陽向は開いた口が塞がらない思いだった。
結衣に運営のメッセージを見せると、彼女はため息をつきながら陽向に尋ねる。
「本来あり得ないはずなんだけど、陽向のアカウントは性別が女性で登録されているんだよね?」
「ああ。結衣は男になってるんだよな」
「そうだよ、陽向のアカウントになってるみたい」
「オレは結衣のアカウントだよ」
「ということは、やっぱりバグなんだね?」
「ああ、バグだろうな。そうに決まってる」
陽向は結衣のアカウントでログインしている。
それはつまり、VRメットにロックされているはずの性別が入れ替わっているということになる。
運営は『異常はない』と言っていたが、どう考えても問題しかない。
「あぁ~、新品のVRメットだったのにな~」
「不具合が起きたってことで、メーカーに確認してみたほうがいいかもしれないな。運が良ければ、新しいVRメットをくれるかもしれないし」
VRメットはかなりの高級品だ。
結衣は高校の合格祝いに、父親から買ってもらったと話していたはず。
「ねえ、陽向。このバグって、いつ直ると思う?」
「ログアウトして入り直せば、多分元に戻るだろう」
「なら……ちょっとこのまま、遊んでみない?」
いたずらをしようとする子供のような表情で、結衣がそう提案してきた。
「遊んでみたいって、お前な……」
「だって、せっかく入れ替わったんだよ? ゲームの中とは言え男になる機会なんてもう二度とないだろうし、このまま遊びたいじゃん」
陽向が呆れた様子を見せると、結衣は拗ねたように唇を突き出した。
そういえば結衣は、小さい頃から男の子に憧れを持っていた。
小学生の頃、『なんであたし、女に生まれちゃったんだろう』と、陽向に愚痴を言っていたのを今でも覚えている。
スカートを履くのにも抵抗があったようで、駄々をこねていた。
結衣は可愛いから、女の子らしい格好が良く似合う。
だから結衣のその気持ちが、陽向にはまったくわからなかった。
「まあ、しょせんはゲームだしな。ログアウトしてバグが直るまでの辛抱だ」
このバグを放置しておきたくはないという、気持ちはある。
だけど運営に問い合わせても『異常はない』と回答されたのだ。
つまりこれはゲームの運営側ではなく、VRメットの故障による不具合いうことになる。
そんな状態でゲームをプレイしても大丈夫なのだろうかという不安があるのだがか……。
「ねえ、陽向。ちょっとくらい良いでしょ?」
結衣は期待に目を輝かせながら、陽向の返事を待っている。
だが、外見が長身のイケメンになっているせいで、可愛らしさが半減だ。
それに今の結衣は、よりも身長がある。
とはいえ、中身は結衣に変わりない。
せっかく結衣とまた仲良くなる機会なのだから、無下にはしたくなかった。
「わかった。ちょっとだけだからな」
「やった! さすが陽向、小さい頃からあたしのお願いはなんでも聞いてくれるね~」
結衣と一緒に遊んだのは、もう何年も前だ。
だから、ここで断ってしまうと、二人の関係に亀裂が入ってしまうように感じられた。
──昔みたいに、また仲良く遊びたい。
その想いが、陽向を前へと突き進める。
「それじゃ、さっそくモンスターを倒しに行ってみるか」
「なら、今から街の外に出てみようよ!」
結衣が陽向の手を握って、駆けだした。
「今日の陽向は女の子なんだから、あたしがエスコートしてあげる!」
第三者が見たら、長身の黒服のイケメンが、白服の女の子の手を引いてあげているように見えることだろう。
だが、実際は違う。
ゲーム内において、二人の中身は入れ替わっているのだから。
そして二人が真の異変に気が付くのは、ゲームを終えた時になる。