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第2話 始まりの広場

陽向は、自分の変わり果てた姿を目の当たりにし、呆然と立ち尽くしていた。

この状況が信じられない。


「そうだ、結衣は……?」


ふと、一緒にゲームを起動していた幼馴染のことが頭をよぎった。

彼女もまた、同じような状況に陥っているのだろうか?


不安を抱えた陽向は、急いでキャラメイクを終わらせる。


そして、『始まりの広場』へと体が転移した。




陽向が目を覚ますと、光に包まれた空間が目の前に広がっていた。

目が慣れるまでの間、周囲の様子をじっくりと観察する。

中世ヨーロッパ風の綺麗な街並みが、目の前に広がっている。


ここは、『始まりの広場』と呼ばれる場所だった。


巨大な噴水が中央にあり、そこから流れ出る水が音を立てて美しく弧を描いている。

広場には様々な装いをしたプレイヤーが集まっており、そこからは賑やかな雰囲気が伝わってきた。


「ここが……ゲームの中?」


現実となんら変わりないように感じる。

五感もすべて、生身の時と同じだ。


「『Arcadia Fantasy Online』の世界は凄いとは聞いていたが、ここまでとは思わなかったな」


陽向は自分の体を再び確認する。


「まだバグは治らないみたい、か」


男である自分が、女の格好をしていることに違和感しか感じない。

こんな姿を結衣に見られたらと思うと、恥ずかしくて仕方がなかった。


「それで、結衣はどこにいるんだ?」


周囲を見渡して、結衣の姿を探す。

だが広場は広く、幼馴染の姿を見つけるのは簡単ではなさそうだった。


「見つからなくて当たり前だな……結衣がどんなキャラメイクをしたのか、オレは知らないんだから」


結衣は、どんな格好をしているんだろう。


子供の頃の結衣の好みであれば、お姫様みたいな外見が好きだったはずだ。

だが、いまの結衣は中学生。


成長した結衣のことを、陽向はよく知らない。


「とりあえず、待つとするか……」


陽向は寂しそうにつぶやくと、噴水に腰をかける。


ふと水面を見ると、自分のアバターが映っていることに気づく。

水面に映る美少女を見つめながら、陽向はため息をついた。


「本当に女キャラになってるんだな……オレ」


今まで男として過ごしてきた陽向にとって、女の姿でゲームをプレイするのには抵抗しかない。

結衣が来たら、運営に連絡して性別を直してもらおうと誓った。



そこで、周囲からの視線に気がつく。

顔を上げて見ると、周りのプレイヤーたちがこちらを見ながら何か喋っていた。


「あの子、かわいいな」

「デフォルトのキャラメイクであそこまで美人なんて、いったいどらくらいの確率なんだ?」

「あんな美少女、このゲームを始めてから初めて見たぞ」

「ちょっと声かけてこようかな」


陽向は周りの視線を浴び、恥ずかしくなって俯く。

これまでそんな反応をされたことがなかったせいで、女の子になった今の自分の姿が気になって仕方ない。


「これ、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……」


まるで、自分が本当の女になったように錯覚してしまう。


でも、違う。

陽向は男だ。


今の見た目は完全に女キャラになっているが、あくまでゲームの中だけ。

バグさえ直れば、いつものように男のキャラを操作できるようになる。


それまでの我慢だ。



「結衣……まだ来ないのか?」


陽向が小声でそう呟くと、誰かに声をかけられる。


「ねえ、君。かわいいね。もしかして初心者? 今日から始めたの?」


「えっ……オレ?」


陽向は戸惑いながら顔を上げると、目の前に見知らぬ男が立っていた。

盗賊風のその男は、爽やかな笑みを浮かべる。


「そうだよ、君以外にいないでしょ」


男はそう言うと、陽向の隣にふてぶてしく座った。


「俺はコウガ。君の名前は?」


「名前は……」


なんと答えれば、いいのだろうか。


本来であれば、自分用に設定したキャラネームである『シャイン』と答えるのが正しい。


だが、いまの陽向のキャラはバグっているせいで、女キャラの『ユイ』になっている。

だから男の名前である『シャイン』と教えてしまうと、後でおかしなことになりそうだ。


「別に怪しい者じゃないから、警戒しなくてもいいって初心者には優しくっていうのが、俺の心情だからさ」


コウガと名乗った男は、馴れ馴れしく陽向の肩に手を回してきた。

その強引な態度に、陽向は不快感を覚える。


「あのう、ちょっと……」


陽向が拒絶の反応を見せる。

すると、男が驚いた様子で目を丸くした。


「おいおい、なんで拒否るんだよ。せっかくの出会いなんだぜ? 仲良くしよう」


強引に肩に手を回してくる男の言葉に、陽向は不信感を募らせた。

そこで気がつく。


今の陽向は、どう見ても女の子だ。

おそらくこの男は、陽向のことを女だと勘違いしている。


つまりこれは、ナンパなのだ。


「ナンパならやめたほうがいいですよ。そもそもオレは、男ですから」


「ハァ、男だって!?」


「そうですよ。わかりませんか?」


陽向がそう言うと、男はヤレヤレと言ったように両手をあげる。


「君、どう見ても女の子じゃん。このゲームは性別の変更は禁止なの知ってる?」


「今の見た目はこんなんですけど……でも、本当に男なんですよ」


「そんな可愛らしい声をした男がこの世にいるかね~」


「え、声がかわいい……?」


おかしい。

ゲーム内の声は、生身の体の肉声と同じになるはず。


つまり陽向の男性の声が、この男に聞こえていないと変なのだ。



「君、自分の声が女の子の声だって気づいてないの? 本当に面白いな」


「そ、そんなはずは……!?」


そこで、やっと気が付いた。

自分の声が、いつもよりも高くなっていることに。



「そんな、どうして……?」


「ほら、やっぱり可愛い声してるじゃん」


「違う! オレは男なんだ!」


まさか、音声認識までバグっているのか。

陽向は声を荒らげながら、立ち上がった。


「おい、待てよ。どこ行くんだよ」


陽向が立ち去ろうとすると、コウガが慌てて腕を掴んできた。


「そんな怒るなよ、悪かったよ。でもさ、君みたいな可愛い子、初めて見たんだ。仲良くしたいのは、本心だよ」


コウガはそう言いながら、陽向の体を引き寄せてきた。


「ちょっと、やめてください!」


「だから、そう警戒するなって。俺はただ、女の子ひとりでいる君が心配で、助けてあげたいだけなんだって」


「だからオレは男だって、言ってるじゃないですか!」


「うんうん、君は男の子だよね。なら俺も男だから、安心してよ」


コウガはそう言いながら陽向の腰に腕を回してきた。

強引に抱きついてくる男に、陽向は思わず背筋をゾクッとさせる。


「離せ!」


「わかったよ。離すから、俺のギルドに入らないか? 悪いようにはしないから」



同じ言語を話しているはずなのに、この男に何を言っても通じないのだと悟る。


陽向が男から離れようと距離をとった。

しかし、コウガが手を伸ばしてくる。


その時だった。



「その子から離れてください!」



陽向とコウガの間に、長身の男が割り込んできた。


全身真っ黒な服を着た、騎士風の男だ。

その男は陽向を庇うようにしてコウガの前に立ち塞がり、鋭い目つきで睨み付けていた。



「あ? 誰だよ、てめぇ」


不機嫌そうな様子になったコウガは、苛立った様子で立ち上がる。

そんなコウガに対抗するように、黒服の男が大きく胸を張った。



「自分はこの子の友達ですよ。ここで待ち合わせしていたんです」



──オレと待ち合わせだって!?


こんな声の男友達、陽向にいたっけと頭を捻らせる。

でもこの声、どこかで聞いたことがあるような……。



「あたしの名前はシャイン。この子の長馴染みです」


──シャイン。


それは、陽向が自分用に登録したゲームネームだ。



「ま、まさか……!」


その時、悟ってしまった。


突然、現れた黒服の男。

目の前の男性プレイヤーの中にいるのは、陽向の幼馴染である結衣であると。



「結衣、なのか……!?」


陽向は驚きと安堵の表情で、その男に呼びかける。

すると、シャインと名乗った男が少し身を乗り出してきた。


「やっぱり陽向だったのね。ようやく見つけられて良かった」


低い男性の声なのに、その言葉遣いや口調には結衣らしさが感じられた。



なぜこんなことになっているのかわからないけど、間違いない。


この男性キャラの正体は、幼馴染の結衣なのだ。

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