バイトを初めてから約束の日である一週間が経とうとしていた。今日でこの恥ずかしいうさ耳姿ともおさらばだと思うと春樹の緊張はなくなっていた。
営業も終了して片付けを終えた春樹は龍玄が来るのを待つ。棗もハクを待っているらしく、ふわりと欠伸をしている。弥生と花音は何か言い争いをしているがもう慣れてしまった光景だ。
宗司さんに馴れ馴れしいだの、そっちこそ近すぎるといろいろ言い合っている。今日もやってるなと思いながら、それを眺めていると奥から宗司が出てきた。
「おーい、四人とも美羽ちゃん知らないか?」
「え、美羽ちゃん来てたっけ?」
「それがなぁ」
宗司は頭を搔きながら美羽が家に戻ってきていないと家から連絡がきたと教えてくれた。こっちのほうで見てないかと聞かれ、四人は顔を見合わせる。
外に出た時は美羽らしい子供はいなかったはずだっと確かめ合うと見ていないと首を振った。
宗司は困ったふうにがしがしと頭を掻いている。いつも遊んでる子たちはどうしたのだと問えば、それがなぁと宗司は言う。
「子供たちと別れたあとから途絶えてるんだよなぁ……」
その子供たちとは途中まで帰り道が同じだったのだという。そのあと美羽と別れてから消息が途絶えているようだ。
何処にいったのかと、その子供たちに聞いても知らないと言われ、今は親族が探しているところで宗司に連絡がきたようだ。
「どうかしたのか?」
そんなところに龍玄とハクがやってきた。宗司は丁度いいと二人に美羽を見なかったかと聞く、居なくなったんだと説明して。
二人はこちらは見ていないなと答える。もう外は暗くなっており、いくら田舎の港町とはいえ、子供は帰宅していなければいけない時間帯だ。
美羽はまだ幼い、そんな子に何かあったのではと春樹は心配そうに棗を見れば、少し考えて立ち上がった。
「おれらも探そう。人手は多いほうがいいだろ」
弥生と花音も同じ考えだったのか、そうしようと頷いたので、春樹もそうしたほうがいいと思い立ち上がった。宗司はこっちでも探すから、見つかったら連絡してくれと言って奥へと戻っていく。
「おら、ハクも探す」
「わかった」
「俺も探そう」
美羽は知らない子ではないと龍玄は手伝いを申し出る。人手が増えれば、それだけ探す場所を広げることができるので、棗は「じゃあ龍玄は歓楽街のほうお願い」と頼む。
「おれは森のほう行くからハクは港ね」
「ならわたくしはこの近くを」
「わたしは街のほう行ってみるにゃ」
「じゃあ、僕は商店街裏の住宅回ってみる」
皆、行くところを決めると海の家を出て行く。見つけたら携帯電話で連絡と約束し、春樹たちは美羽を探すために別れた。
***
シャッターの下りた商店街を春樹は見渡しながら走るけれど人気はなく、子供の姿は見えなかった。路地の裏などを覗いてみるがいる気配は無いので、商店街にはどうやらいないようだ。
「おや、春樹じゃないか」
「あ、辰野さん!」
店じまいをしている龍の辰野が春樹を見つけて声をかけてきた。丁度いいと春樹は美羽が来てないかと辰野に聞くと、うーんと首を傾げられる。
「見かけてないなぁ……。あぁ、でもよくいる砂浜で遊んでることが多いのは知っているよ」
「そうですか……ありがとうございます」
一礼して春樹は商店街裏の住宅地のほうへと駆ける。辰野の言う通り、あの砂浜の近くにいるのではないかと思ったのだ。
商店街を抜けて住宅地を駆けながら周囲を見渡す。ぽつぽつと立っていた街路灯は無くなり、遠くの方はもう見えなくなっていた。それでも慣れた道、春樹はこの場所にはいないとあの砂浜へと向かう。
住宅地から外れれば、すぐあの砂浜に辿り着く。暗い海に月がぼんやりと照らす砂浜に人は一人として居ない。
美羽ちゃんと叫んで呼んでみるが声が響くだけで返答はなかった。もう少し奥のほうだろうか、岸壁近くまで行ってみることにした。
美羽ちゃんと呼びながら歩く、見晴らしの良い砂浜に隠れる場所などなかった。やっぱり、此処じゃないのか。別の場所を探そうとして、最後に呼んでみる。
「おにーちゃん」
ふと、微かに声がした。何処だと周囲を見渡し、岸壁の奥に目が留まる。岩肌がむき出しで波打つその場所に、辛うじて足を踏み入れられる箇所を見つけた。
まさかと春樹はその岩を足場にその岸壁を越える。水しぶきを受けながら足を踏み外さないように歩いていく。足場は徐々に無くなっていき、これは無理かと思うとしくしくと泣く声が耳に入った。
もう殆ど足場のないその岩の隙間に美羽はいた。綺麗に嵌っているかのように、その岩の隙間に座る彼女に春樹は声をかける。
美羽は顔を上げて涙でぐしゃぐしゃになった瞳でお兄ちゃんと呟く。見たところ怪我も無いようで春樹はほっと胸を撫で下ろした。
「美羽ちゃんどうしてこんなところに……」
「帽子、飛んでったの」
美羽の手には赤いリボンのついた麦藁帽子が抱えられていた。どうやら麦藁帽子を忘れていったのを思い出し、取りに戻ったようだ。
それがこの岸壁の奥へと飛んでいってしまい、追いかけていったら戻ってこれなくなったということらしい。
春樹は訳を聞くと、危ない場所には行ってはいけないんだよと注意する。美羽もそれは分かっていたけれど、どうしてもこの麦藁帽子は無くしたくなかったようだ。
「これ、入院してるおばあちゃんから貰ったの。だから、無くしたくなかった……」
大好きなおばあちゃんから貰ったものだ、美羽からしたらお気に入り以上の物なのだろう。春樹はそれを聞くと強くは言えない、彼女の想いを無碍にすることができなかったのだ。
春樹は頷くと、一先ず美羽をこちら側に渡らせようと手を伸ばした。
「あっ」
ずるりと足が岩から滑り落ちて、これは駄目だと受身を取ろうとして傍にあった岩を掴む――ざくりと音がした。
春樹は恐る恐る足を見ると右足は綺麗に岩によってさっくりと切れて、じんわりと血が流れ痛みが込上げてきた。美羽は春樹の足を見て泣きそうな瞳をみせる。
春樹は大丈夫だからと笑みを作って体勢をかえると美羽に手を伸ばした。美羽は号泣しそうな表情を見せながらその手を取る。ぐっと腕を引いて、美羽をこちら側に渡らせると抱きしめた。
足に力を入れるたびに血が流れて、痛みに堪えながら春樹は美羽を抱きかかえた。このまま引き換えそうと振り返り、また足を踏み外しそうになる。
「美羽ちゃんしっかり掴んで」
春樹の言葉に美羽は頷くと、首に手を回しぎゅっと抱き着く。春樹はすっと息を吸い込み、一呼吸すると岸壁に手をかける。ゆっくりと足元を確認しながら前へと進んでいく。
足の痛みはもう感覚すらなくなっていた。子供を抱えては流石に難しいかもしれないと春樹がそう思っていると、海のほうからおーいと声がした。
「そないなとこで、何やってんだぁ」
声がしたほうをみれば、龍が顔を覗かせていた。薄緑の鱗が綺麗な龍は長い胴体を海から出してのっそりと二人のほうへと近づいてくる。
人型ではない龍の姿に驚きつつも、敵意がないのを感じとった春樹はあのと声をかける。
「もしかして、ここの見回りですか?」
「そうだべ。龍玄殿の代わりに見回りをしてたんだ」
「実は……」
龍玄という言葉に春樹は男に事情を話すと、状況を把握したのか「ならおらがそこまで送っていくだ」とて背中を指す。
「乗せってやっから、ほれ」
「あ、ありがとうございます!」
春樹は美羽を龍の背に乗せるてから携帯電話を取り出した。急いで棗へと連絡を入れて見つかったことを話せば、今からそっちに行くと返事がかえってくる。浜辺で待っていると告げて春樹は電話をきった。
「もういいだべか? あんたは足を怪我してるから、海水で沁みるかもしれんけんど、我慢してくれな」
「はい」
美羽は既に背負われており、春樹も龍の背に捕まる。二人が乗ったことを確認して、龍は「よしいくべ」と泳ぎ始めた。
足につかる傷に春樹は痛みを堪えながら、美羽の様子を見る。泣きそうになっていた表情も安心したのか、落ち着いていた。
流石は龍と言うべきか、二人を乗せてながらすいっと泳ぐと浜辺で降ろしてくれた。
「ほら、大丈夫だか?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
龍は「気にするこたねぇべ」と笑うと海へと戻っていった。海を泳いでいく彼の背を見送って春樹は足を見た。血はもう出てはおらず、海水で流れてしまったようだけれど、切り傷というのはよく見れば分かるだろう。
(おばあちゃん心配するかなぁ)
まぁいいかと、春樹はあとで傷の手当をしようと思いながら棗を待つことにした。